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第五回世界大会を東京体育館に観に行ったことで私の人生は大きく変わりました。フランシスコ・フィリョ選手がアンディ・フグ選手に左上段回し蹴りで一本勝ちをした試合が私に衝撃を与えました。自分とたったの一歳しか変わらない選手が、当時スター選手だったアンディ・フグフグ選手を終始圧倒し最後はノックアウトしてしまったのです。あの試合を見て私は、もう今から頑張っても遅いかもと焦りを感じ本気で稽古に打ち込もうと思いました。そして一番は、自分の楽園であった福島での生活を棄てて、東京に上京して本気で稽古に打ち込むことを決めました。それは東京の名門の道場で稽古をしたいというのもありましたが、私の周りのは沢山友達がいたので、福島にいては友達と遊んだり飲みに行ってしまったりと稽古に打ち込むことが出来ないのではと思ったのと、私ももう20歳でしたので福島での自分をリセットして、東京で新たな自分に生まれ変わりたいという気持ちがありました。そして今、私は東京で極真空手の先生をしています。あの時、もし第五回世界大会を観に行かなかったら私は、今いったい何をしているのだろうと思います。すべての出来事に感謝です。
ついに2019年最後の三か月の始まりです。とても良いスタートを切ることが出来ました。最後の三か月を一生懸命に突っ走り、2020年まで一気に駆け抜けて行きたいと思います。
私は第四回世界大会をテレビで見て極真空手を知りました。その後、他流の空手を始めて、その後に極真空手を始めました。そして当時福島に住んでいた私は、第五回世界大会を観に二泊三日で東京に来ました。私は二日目に第17回全日本大会のビデオを12800円で購入したため、お金が無くなりホテルをキャンセルし、その夜は東京体育館で野宿しました。三日目はご飯も食べることが出来ずに観戦しました。何故そんなにしてまで第17回全日本大会のビデオを買ったかと言うと、当時の私が一番好きだった選手の松井章奎館長と黒澤浩樹先生が決勝戦で戦っていたからです。第五回世界大会を観戦した私は次の年に上京し黒澤先生の道場に入門しました。黒澤先生の道場は一年半で辞めてしまいましたが、先生を尊敬する気持ちはその後も変わることはありませんでした。一昨年3月25日に黒澤先生が亡くなったことを知り私は聖心館に行き黒澤先生の位牌に手を合わせました。その時に黒澤先生の奥様から、黒澤先生は晩年、極真空手時代の思い出話を良くしていた事、松井館長に会いたがっていた事を聞きました。私は何とか、そのことを松井館長にお伝えしたく、私の先輩を通してそのことを松井館長に伝えていただきました。その後、松井館長と山田師範と私の先輩と長島さんと私で聖心館へ訪問し黒澤先生の位牌に手を合わせることが出来ました。松井館長が黒澤先生の位牌に手を合わせる姿を見て、私は涙が止まりませんでした。松井館長と黒澤先生が第17回全日本大会の決勝戦で戦っている姿を思い出したからでした。黒澤先生にとって私は途中で辞めた不詳の弟子だったと思いますが、この日の為に私は第17回全日本大会のビデオを購入し、黒澤先生の弟子になったのかと運命を感じたほどでした。松井館長と私の先輩のおかげで、私は黒澤先生のお別れ会の幹事と言う仕事もさせていただきました。私はそのこともあり、私が極真空手を始めたことは運命だったとさらに強く強く感じるようになりました。
私の運営する道場の審査会と試合がありました。次男が初めて銀メダルを取りました。自分の力で初めて獲ったメダルですから嬉しかったと思います。この成功体験が何かのきっかけになってくれたら嬉しく思います。長男は一回戦負けでしたが頑張ったと思います。でもまだまだ悔しいという気持ちが足りないような気がします。
今週は自分の周りにアクシデントが連発しましたが何とか対処しました。その対処に追われる毎日でしたが、自分のやらなければならない事はしっかりやり、今日はまた階段を一つ上りました。自分の中ではなかなかな快挙だと思っています。私は四十六歳ですが、毎日自分の成長を感じながら生きています。この学びと成長を、生徒たちに伝え社会に貢献したいと思っています。
妻に真剣な顔で「相談があるんだけど」と言われました。妻と付き合ってから12年、結婚して10年経ちますが、そんな言葉を真剣に言われたのは初めてなので驚きましたし、いったい何を言われるのだろうという緊張が自分の中に走りました。その後に妻から出てきた言葉は、自分が想定した最悪の事とはかけ離れていたので安心しました。けっこう驚くような相談でしたが、私が想定していた最悪の事とはかけ離れていたのと、妻がハッピーになることだったので承諾してしまいました。
悪い事やアクシデントは重なるものです。悪い事やアクシデントが続くとストレスが溜まり疲れますが、悪い事やアクシデントが起こった時こそ大きく成長できたりします。だから悪い事やアクシデントにしっかり対処して乗り越え、いつかその悪い事やアクシデントがあった事に感謝できるような人間になっていたいと思います。
私と言う人間は、私が今まで出会った方々から受けた影響で出来上がったと言っても過言ではありません。人は、人から言われた言葉で、嬉しくなったり、やる気が出たり、楽しくなったり、感動したりします。人は、人から言われた一言だけで頑張れたりするものです。私も人から言われた一言で自分の人生が変わったと思う言葉が沢山あります。でも逆に人は、人から言われた言葉で傷ついたりもします。だから自分の発する言葉には気を付けなければいけないと思います。ですが私は、人から言われた嫌な言葉や、自分にとって不本意な言葉や、自分が受け入れがたい言葉も一度は自分の中に取り込み吟味するようにしています。なぜならば自分が言われたくない言葉の中に、自分を違った角度から、見つめ直すきっかけがあったりするからです。陰で言われた悪口もそうです。人が自分の前で言えなかった言葉と言う事は、その人の究極の本音なわけですから、その言葉の中には自分を見直すヒントが沢山あるはずです。良薬口に苦しで、意外に自分が言われたくない言葉や、自分が聴き辛い言葉の中に自分が成長するヒントがあるものです。
日曜日に携帯電話が壊れてしまいました。とても難儀しています。本当に参りました。こんなことは何度も経験しているので何とかなっています。早く何とかしなくてはと思って動いたいるのですがどうにもならないようです。すべてを一からやり直す時なのかもしれません。
今日は東東京大会でした。私の長男も組手の試合に出場しました。長男が負けた後に、勝ち上がっている選手の試合を見ていなかった事や、会場で遊んでいた事もあり、家に帰ってから「お前は負けて悔しくないのか?」という説教から始まりだんだんエスカレートして「悔しいなら、今から拳立てとジャンピングをやれ」となりました。長男は明日からやるといって、拳立てとジャンピングをやろうとはしませんでした。私は「お前は本当は悔しくなんてないんだ!だからお前は何をやってもダメなんだ!」と感情で言ってしまいました。大なり小なりあったとしても、みんなが見ている前で相手に叩きのめされて負けを告げられたのですから、悔しく無いわけはありません。そんな事は試合に出ていた私が一番分かっていたはずなのに、長男にその言葉を言ってしまいました。事もあろうことに、勉強や他の事まで持ち出して、長男が傷つくであろうことを言ってしまいました。そのあと長男の寝ている姿を見て、私は本当にひどい事を言ってしまった事を後悔しました。長男が生れて来てくれただけであんなに嬉しかった事を思い出し本当に反省しました。私は寝ている長男の頭をなでながら「本当にゴメンね」と泣きながら謝りました。次の日、朝起きて妻と話したら、長男は寝ているふりをしていたそうです。私に気を使って寝ているふりをしていたそうです。私が部屋を出て行った後に、妻が長男に「パパの気持ちわかった。パパの気持ちが分かったのなら明日から頑張ったら」と言うと、長男は「明日から拳立てとジャンピング頑張るよ」と言ったそうです。妻には本当に感謝しています。
kanno
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