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考えて見ると、昨年末から今年は本当に良く稽古をしているなと思います。昨年末から今年始めも日曜日も休まずに毎日稽古していました。4月、5月は緊急事態宣言が発令され休業要請もあり、道場の稽古は出来ませんでしたが、約2ヶ月間日曜日も休まずに稽古していました。今月も日曜日はほぼお休みはありません。8月はお盆休みを返上して道場の運営をしたいと思っています。やはり私はピンチに強いと思います。何かが起きた時にこそヤル気が湧いて来ます。この勢いを止める事なく活動して行きたいと思います。
ここのところ少し膝とアキレス腱の調子が悪く、それを妻に話したら、妻は私を心配して、子供達と走るのは止めて自転車で着いて行ったら良いのではないかと言われました。でもやはり私はどんなに悪い所があっても出来る限り子供達と走りたいと思い、今日も一緒に走りました。それは何故か?朝早起きして走ろうと提案をしたのは私ですし、今は子供達も自分の意志で走っているとは言えども、少しは私の期待に応えようと頑張っている所もあるのではないか?と思いますし、私が言い出した以上は、私も子供達の苦しさや辛さを、少しでも一緒に感じてあげたいと思いますし、一緒に走る事で、その日の暑さなどを私も感じる事で、子供達の状況を察知して、あまりの無理を子供達に強いる事を防げると思います。子供達が大人になった時、私と一緒に走った事を思い出し、自分に子供が出来たら、子供と一緒に走ってあげる事が出来る父親になって欲しいなと思います。
今までの人生で、いつが自分にとって幸せか?私は断然、今が1番幸せです。このままずっとこの時間が続いて欲しいと思うほど、今が私の人生のなかで1番幸せです。毎日、自分の前に好きな人がいてくれて、可愛い子供達もいて、一緒に走ったり、ご飯を食べたり、お風呂に入ったり、そんな日常に凄く幸せを感じます。生まれて来て本当に良かったと思います。今まで生きて来て本当に良かったなと思います。少し前に子供達と朝、走っている時に、ふと「後何年、こうやってこの子達と一緒に走れるのかな?」と思ったら、今という瞬間を本当に大切に感じました。また今という瞬間は永遠には続かないと言う儚さも感じました。今、自分の前にある幸せを一生懸命大切にして生きたいと思います。私は前へ前へ進んで生きて行きたいと思って生きて来ましたが、今はこの時間がずっと続いて欲しいと思います。こんなふうに感じたのは、たぶん私の人生で初めての事だと思います。
最初朝の5時に目を覚ましましたが身体がダルく、もう少し寝ればと思い目を瞑り、また6時に目を覚ましましたが、やはりダルく、また目を瞑り、7時に朝起きた時にも身体が本当にダルくて眠くて、起きるのが本当に辛かったのですが、子供達は昨日の通い合宿で筋肉痛と疲れでもっと辛いと思うし、今日頑張って走る事は、子供達にとって凄く大切な事だと思いますし、それを教えられるのは自分しかいないと思い、頑張って朝のランニングだけ頑張ろうと起きて、子供達をハイテンションで起こし、頑張って一緒に走りました。子供達はやはり大筋肉痛らしく、重そうに走っていました。でも2人とも頑張っていました。帰りのランニングで次男は脇腹が痛くなったので少しだけ、皆んなで歩きました。最後は頑張って走りました。私も凄く身体が重く次男と同じペースで丁度良い感じで一緒に走りました。帰宅して朝食を済ませた後も身体は重く、少し横になり、朝の稽古に行こうか?凄く迷いましたが、今日は月曜日で15日なので、鷲神社参拝と神棚の掃除と榊などを変える日なので頑張って稽古に行きました。そしたら驚きで稽古をしたら、何故か身体が軽くなり、稽古の後にウエイトトレーニングも行いました。その後、鷲神社参拝と神棚の掃除や道場の掃除や事務仕事までして、指導も元気一杯に出来ました。自分の限界のリミッターを超えると、自分を超えた力が湧いてくるのかも知れません。朝は痛かった腰と膝の調子も何故かとても良くなりました。もし自分のためだけなら私は今日の稽古をサボっていたかも知れません。子供達がいたから私は頑張る事が出来ました。子供達のおかげで頑張れました!私もまた1つ強くなりました。
私の運営する極真会館東京城南京浜支部の通い合宿でした。今回はコロナ禍という事もあり、何時もはゴールデンウィークに行っていたのを日曜日を2週にわたり、この梅雨の時期に行う事になりました。数日前から雨マークだったので、天候をとても気にしていましたが、なんとかランニングを行う事が出来ました。この大変ななか通い合宿に来てくれた生徒とご父兄様には本当に感謝しております。来週も頑張って良い稽古を行いたいと思います。
「鬼滅の刃」にはまりました。7巻から20巻まで一気に読んでしまいました。人間の持っている強さ、弱さ、優しさ、悪さ、明るさ、暗さ、などが描かれています。また人間の危うさも描かれています。考え方や環境や出会いの少しの違いで人間は正義にも悪にもなってしまうという事が描かれています。作品に優しさと救いがあるので、私はとても好きです。
昨日の日記で「挫折をする」と言う事を書きましたが、私は挫折をする事が良い事だと言っている訳ではありません。初めから諦めろと言っている訳でもなく、初めから譲歩しろと言っている訳でもなく、初めから折り合いをつけろと言っている訳でもなく、初めから調和しろと言っている訳でもありません。人間は先ず自分の可能性を信じて自分のなりたい物や夢や目標を思い描いて、そのなりたい物や夢や目標の為に自分や他人や、この世にあるあらゆる物を犠牲にしてでも、その道を真っしぐらに突き進むべきだと思います。しかし自分には持って生まれた個性や才能や環境があります。なのでほとんどの人が何処かで、自分をよく理解し自分の立ち位置というものを決めて行かなければいけません。それが出来ないと、大きな失敗をしたり、一人ぼっちになってしまったり、人から必要とされなくなったり、人に害を与える自分勝手な人間になってしまいます。この世で自分の持っている力やキャラクターを理解し、自分を社会の中で調和させる事が出来れば、必ずその人は、人から好かれ、人から必要とされ、人の役に立ち、人と楽しく、自分の人生を歩んで行く事が出来ます。
「挫折をする」という事は、場合や考え方によっては悪い事ではないのではないか?と思います。最初から努力をしなかったとか、自分に甘く努力が足りなかったとか、中途半端なところで諦めたのならば、それは良くないと思います。しかし世の中、努力をしたら夢が叶うか?目標を達成出来るかと言ったら、そうではないと思いますし、どんなに努力しても上手く行かない事も、どんなに頑張ったってどうにもならない事も、残念ながらこの世にはたくさんあります。例えば人の10倍努力をしたけど失敗してしまった。例えばその目標には期限のあるもので諦めざるをえなかった。例えば好きな人に、自分の良い所を見せるために精一杯、いろんな事を頑張って、万全を期して告白したが振られてしまった。という事を誰でも経験して行くのではないか?と思います。そのような事が起きた時に、どう挫折をするかがとても大切だと思います。その事に対して、どう諦めるか?どう折り合いをつけるか?どう自分を納得させるか?どう譲歩するか?そしてその挫折をどう次の自分の力にして行くか?どう次の一歩を踏み出して行くか?挫折を自分の中でどう消化して、どう自分の中で調和させて行くか?がとても大切だと思います。そんな事をしっかり学んで行けるのならば「挫折をする」と言う事もそんなに悪い事ではないのではないか?と思います。
「強くなりたい」という目標を持ち、努力してその目標を達成するまでの道程は、必ず人間を成長させてくれます。例えば強くなりたいと思ったキッカケや、強くなったら何をしたいか?という目的が、初めは自分を苛めた人へ仕返しをしてやろうという事だったとします。しかし、その強さを手に入れるまでの期間に、苦労をしたり、人から教えを受けたり、人の協力があったり、さまざまな事を経験します。そうしていく中で人は成長し、強くなって自分がどう成りたいか?強くなって自分が何をしたいか?の目的も変わってきます。だから私は目標を達成するまでの道程がとても大切だと思います。その道程が人を作ってくれます。そしてその道程の中で学んだ事や得た物が、自分の人生の財産になります。だから大きな夢や目標を持つ事はとても良い事です。目標を達成するまでの時間が長ければ長いほど良いと思います。目標を達成するまでに苦労すれば苦労するだけ良いと思います。私は息子達の人生がそうあってくれたら良いなと思います。
今日は、腰と膝の調子が悪かったのですが、私が休んでしまっては、子供達も休んでしまうと思い、頑張って朝のランニングとダッシュを行いました。子供達だって眠いのに、ダルいのに、辛いのに頑張って来たのだから、私も頑張っている背中を子供達に見せなくては、と思い頑張りました。
kanno
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