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2020年09月16日(水) 朝のフィットネスクラス

朝のフィットネスクラスは、自分にとっても勉強になり、刺激になる楽しいクラスです。ある意味で言えば、私が今まで空手を指導してきた人たちの中にはいなかったような人たちに対して指導をするわけですから、今までと同じような指導は出来ないわけで、そこを模索しながら指導を進めて来ました。なのでやはり指導に対しいつもとは違う緊張感や刺激が生まれます。その結果、指導する中で私も大きく成長させて頂いたと思います。そういう訳で、新たな自分の発見を楽しんで指導をさせて頂いています。


2020年09月15日(火) 極真空手への思い

私は極真空手に育ててもらいました。極真空手のおかげで今の自分がいます。極真空手のおかげで、この社会で一端の男として生計を立て家族を養う事が出来ています。国際空手道連盟極真会館に関わる全ての方々に感謝しています。本当に沢山の方に育ててもらい、本当に沢山の方に支えてもらい私の今があると思っています。だから私はこの極真空手を自分がいなくなった世の中に残っていて欲しいと思います。そのためには自分が所属している国際空手道連盟極真会館と言う団体に自分がどれだけ貢献出来るか?にかかっています。私一人の力は小さいけれど、世界中の皆んなで力を合わせれば大きな事が出来ると思います。私の運営する道場も私のものではありません。国際空手道連盟極真会館から任せて頂いている道場で、責任を持っていつかは誰かに引き継がなけらばならないものです。出来れば私の育てて私が認めた生徒に継がせたいと思っています。私が今47歳なので、60歳ぐらいから少しずつ引き継ぎをして65歳でバトンを渡せたらなと思っています。そう考えるとあと13年なのであっと言う間のことだと思います。


2020年09月14日(月) オーバーワークだった

やっと身体が万全に近い状態になりました。3月から腰を壊す8月24日までほぼ休みなしの状態でハードに稽古していたので、やはり疲労が溜まってしまったのだと思います。今考えると本当にオーバーワークだったと思います。よく半年も身体を壊さなかったなと思います。4月8日の緊急事態宣言の発令で、自分の生活にピンチを感じてから、全てに対して全力疾走して来ました。そうする事が私にとっての精神安定剤だったと思います。身体を壊した事で少し立ち止まって自分を見つめ直して考える事が出来ました。身体を壊せば、たくさんの人に迷惑もかけるし、効率も悪くなってしまいます。今後はオーバーワークにならないよう気を付けながら稽古に励んで行きたいと思います。


2020年09月13日(日) 私が指導をする時に

私は生徒に指導する時に、柔軟体操と基本稽古(移動稽古も含め)に重点を置くようにしています。柔軟体操で身体の可動範囲を広げ、身体操作方法を学びます。そして基本稽古で正しい技の出し方を学びます。それが出来れば、型の中でも正しい動きや正しい技を出せるようになります。その稽古の中で学んだ事から、組手の中では、発想を膨らませて技を使って見たり、自分の動きは理に適っているかを考えながら新しい技を作って見たりと、どんどん自分の技や組手を作っていけば良いと思います。そしてもう一つ私が重点を置いて、生徒に指導している事は、礼儀や挨拶や武道に対する心構えや私が先輩方から教えて頂いた、極真の魂です。後何年かかるかは分かりませんが、素晴らしい武道家を育てたいと思っています。


2020年09月12日(土) 土曜日の恒例

土曜日の稽古の後は、長男と次男と一緒に銭湯でお風呂に入って帰ります。それが土曜日の恒例となっています。3人でお風呂に入りながらいろいろな話をします。長男も次男もいろいろな話をしてくれます。こんな時間を大切にしたいと思います。いつか男同士でしか出来ない話なんかも出来たら良いなと思います。


2020年09月11日(金) ギックリ腰その後

ギックリ腰になって19日が経ちました。もう20日になろうとするのにまだ完全に治りません。治療も迅速にしよく休み、その後もまめに治療に行っていたので、もしかしたら自分が思っていたより重症だったのかも知れません。それに加え、やはり年齢的な事もあり少し怪我の回復が遅くなっているのかも知れないと思います。つくづく無理は効かない年齢になって来た事を感じました。普段から身体のケアには気を付けてはいるので、やはりウエイトトレーニングや稽古をする頻度や強度を今の自分の身体ともう一度相談して決める必要があると思います。


2020年09月10日(木) 空手に先手なし

「空手に先手なし」とても有名な言葉です。武道を身につける人にとって、とても大切な心構えです。武道を身に付ける人は、戦うために武道を身に付けるのではなく戦わないために武道を身に付ける事を目指して欲しいと思います。ですがこの言葉はそれだけの意味ではないと私は思います。空手の究極の技として、常に戦いを想定して技を磨き備え、戦いになった時には相手の動きや技に備えて構え、相手が動いた時や技を出してきたと同時に迎撃する事が空手の究極の技だと言う言葉だと私は思います。私はそれを目指して稽古しています。そして真の勝利者とは戦いに備え戦わない事が出来たものの事だと思います。


2020年09月09日(水) 求道無限

ギックリ腰がまだ完全に治ってはいないので、柔軟体操や自分の身体を整えるような稽古をしています。身体を悪くしているからこそ稽古をしていて気付ける事があります。呼吸を整え姿勢を整え身体の中にある気を整え稽古する中で、自分の内面を見つめ直したり、自分の内面を鍛えたりする事が出来ます。やはり空手は凄い!できる稽古は無限にある事を再確認しました。私の師匠が言っていた「求道無限」は本当です。身体が動かなくなってもできる稽古はある事を確信しました。


2020年09月08日(火) 心に響いた言葉

井伊直政が死の2週間前に家臣に支えられながら筆をとり息子の為に残したと言われる言葉がとても心に響きました。それは「成敗利鈍に至りては、明の良くあらかじめ賭けるに非ざるなり」という言葉でした。井伊直政の生き方を表した言葉だと思います。井伊直政は徳川家康の四天王と言われた家臣ですが、他の家臣と違く、三河のもともとの譜代の家臣ではなく、途中採用の形で家臣となった人でした。そして若い事もあったと思いますし、井伊直政の率いる軍団の家臣も元は武田家だった人達をまとめて井伊の赤備えと言われる軍団を作りました。そのような事もあり、常に結果を出して徳川家の中で自分の価値を表していかなければならないという状況だったと思います。なので特に関ヶ原の戦いでは、抜け駆けで開戦のキッカケを作ったり、もう戦いは決着しているのに、島津の軍を追いかけて戦ったりと結構無茶をしています。そしてその時の怪我をおして西軍の敗将との戦後交渉の仕事をしたので、怪我が悪化し2年後になくなったと言われています。井伊直政の生きた戦国時代、または戦いの中では、一瞬で決断をして瞬時に行動しなければならない場面がたくさんあっだのだと思います。その時に、自分の決断が賢いのか?愚かなのか?自分の決断した事が成功するのか?失敗になるのか?自分の決断は良かったのか?悪かったのか?それは全てが終わってから分かる事で、あらかじめ分かる事ではない、だからこそ自分が決断した事をひたすらに行動するしかないし、たとえ結果的に失敗になったとしても、男には失敗を恐れずに決断してやらなければならない事がある。そんな井伊直政の生き方がこの言葉に出ているのでは?と私は思いました。


2020年09月07日(月) そこから先が

ギックリも大分良くなり、ストレッチやエアロバイクやウォーキングなどの有酸素運動やゆっくり行う型などは出来るようになったのですが、そこから先がなかなか良くなりません。左の腰の奥に少し痛みが残っています。速く動いたり急に捻るような動きをすると痛みが出てしまう感じです。まあ焦っても良くはならないので自分の出来る稽古をしながら身体を治して行きたいと思います。来週には万全な状態で、怪我をする前のスケジュールに戻して稽古したいと思います。


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