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これは私がいろいろな人の人生を見たり聞いたり、本で読んだりして感じた事です。人は自分の為だけに何かを一生懸命遺そうとした事は、結局は自分が居なくなった世の中では、いつか全てを失う事になり、自分が生きた証を残す事も出来ない。ですが、人が自分の為でだけではなく誰かの為に一生懸命に何かを遺そうとした時には、世の中に自分が生きた存在とその意義を遺す事が出来る。そう思いました。私も自分の生きた意義をこの世の中に遺せるよう頑張りたいと思います。
空手道をやっていて良かったと思う事がたくさんあります。先ずはとても健康です。空手道をやっているから身体に気を使い、良い生活習慣が身に付き、良い食生活が身に付いたと思います。そして空手道を学ぶ上でいろいろな柔軟体操や基本稽古や移動稽古や型稽古をしているおかげで、咄嗟な時に機転を効かせて自分の身体を動かす事が出来ます。なので大きな怪我をする事がありません。こんな経験はたくさんあります。バイクが突っ込んできたのをサッとかわす事が出来たり、躓いて転んだ瞬間に回転して受け身を取り怪我をしなかった事もあります。危ないっ!そう思った瞬間には、勝手に身体が動いていて自分を守る適切な行動をしたという感じです。たぶんそういう点では同じ47歳の人よりも反射神経も機敏に動く事も柔軟に動く事もかなり長けていると思います。
やっぱり子供の気持ちは母親の方が良く分かっているなと思う事がありました。長男は少し前に自分から組手競技クラスの稽古に参加するようになりました。それにつられ次男も参加するようになりました。長男も次男も組手競技クラスが楽しいと言っているそうです。私はせっかく電車に乗って稽古に来るのだから中級から2クラス稽古した方が良いと思い、それを長男と次男に少し強制するように言いました。長男も次男もその場では「押忍」と了承しましたが、妻には「中級クラスから稽古に行かなくてはならないのなら、もう組手競技クラスに行くのも嫌だ」と言っていたそうです。妻には「2人とも空手に行って、稽古が楽しかったと言って帰って来るのだから、それ以上は強制しない方が良いんじゃない?あまり強制するとせっかくヤル気が出たのに嫌になってしまうかも」と言われました。確かに考えてみれば、私にも子供の頃に同じような経験がありました。それを思い出し、考えを改めました。これからも同じような事があるかもしれません。その時にはやはり妻の意見をよく聴いて判断したいと思います。
何度もこの菅野日記にも書いていますが、私は第四回全世界空手道選手権大会をテレビで観戦し極真空手を知りました。その時の世界チャンピオンが松井章奎館長でした。松井館長とマイケル・トンプソン選手の準決勝と松井館長とアンディ・フグ選手の決勝戦はもっとも印象に残っている試合でしたし、初めて買ったビデオは第17回全日本空手道選手権大会でその時の全日本チャンピオンも松井館長でした。初めて買った本も松井館長の本でした。私が19歳の時に私の所属していた福島県北支部と松井館長の浅草道場が合同で合宿をし、そこで一緒に稽古させて頂くことが出来ました。その時、私は松井館長に体育館の端に呼ばれ叱られました。私はその時はまだ若く組手を喧嘩の延長線上にある物だと言う考えで行っていました。その時に私の組手を行う態度と相手にしっかりと挨拶をしていなかった事を叱られました。その時の松井館長はとても怖かったです。自分の生徒ではないので言葉で叱られるに留まりましたが、自分の生徒だったらそれではすまなかったと思います。あの時の松井館長は私が道場を出した時と同じ29歳でしたが、凄く貫禄があり凄く大人に見えました。そのあと25歳の頃、松井館長と同じ席で食事をする機会があり、同じ25歳で千葉県大会で優勝した時に松井館長から表彰状を頂き声をかけて頂きました。その後は29歳の時に松井館長に支部長にして頂き、私の結婚式では主賓をして頂きました。今は演武のプロジェクトチームとして週1回稽古をつけて頂き、また技術委員会として松井館長のもと極真会館の型の改定に取り組ませて頂いています。ふと不思議な気持ちになりました。テレビで観た松井館長の元で、極真会館の型技術の改定に携わっているとあの時の自分が知ったらどれほど驚くか?分かりません。松井館長もまさかあの合宿で叱った半分不良の兄ちゃんがと思われると思います。本当に未来は分からないものです。自分の努力次第で自分の未来は開かれて行きます。これからも未来に向かって精進していきます。
私も新型コロナウィルスの副産物として生まれたとも言える。オンラインで何かを行う事を経験しました。1回目はオンラインの技術講習会で配信する側だったので機械的なシステムを使う事はありませんでしたが、2回目はオンラインの全国支部長会議と技術委員会でしたのでタブレットの前に座り支部長スーツを着てオンライン会議に出席する形となりました。私が仕事としている空手の指導はとてもとてもアナログな物なのですが、組織的な行事でオンラインで何かを行う事は、これからたくさんあると思います。とても便利ではありますが、新しい事を覚えなくてはいけなかったり、うまくシステムを利用出来なかったりと、煩わしさは多々あります。でもこの世の中の変化に対応出来ないようでは、生き残る事は出来ないので、システムをしっかり活用出来るよう勉強したいと思います。
今日は家族で東京ドームシティで行われている「特撮のDNA展ウルトラマン」を見に行きました。子供達より私の方が楽しんでいる感じでした。そのあと東京ドームシティアトラクションズで遊びました。次男はブンブンビーと言う小さい子供用の乗り物でビビってしまってしまいあまり乗り物に乗ろうとしませんでした。長男は乗り物に結構強く「スーパーバイキング・ソラブネ」に2回乗りました。次男は速いとか高いとかの乗り物を嫌がり妻と長男と「ビックオー」と言う観覧車に乗っていました。乗り物に自信を付けた長男は東京ドームシティアトラクションズで1番怖い乗り物である「サンダードルフィン」に私と2人で乗りました。ジェットコースターが1番高い地点に登って行く時に長男は「こんなので怖がってたら自衛隊員にはなれないよね!自衛隊員の訓練だと思えば、どうって事ない!」などと余裕で話をしていました。そしてジェットコースターが急降下して登って降りてしている時に長男がやけに静かなので、長男を見ると目を閉じで脱力しているので、長男を叩いて話しかけるのですがいまいち反応がないので、私は長男に何度か話しかけながら、ジェットコースターに乗っていました。ジェットコースターの終わりの方でやっと長男は「これで終わりだよね」と私に話しかけてきました。ジェットコースターを降りてから長男と話したら、長男は途中まで記憶がないと言っていました。どうやら怖さのあまり失神したようです。少し休憩しようという事で、その辺のお店でいろんなものを買って食べたりしました。そのあとスカイフラワーに乗りました。私と長男と次男の総重量が165キロを超えているため3人で乗れず、長男は1人で、私は次男と乗りました。長男はやはり乗り物に強く1番高い所でも私に手を振っていました。この時はもう空が暗かったので、夜景がとても綺麗でした。次男は怖いせいか私にガッチリ捕まって顔を伏せていました。長男と次男はそのあとレーザーミッションを6回ぐらい続けてやってから、長男と次男でキッズハッカーという小さい子供用の乗り物に5回ぐらい乗っていました。ビビリのくせに「こんなの全然怖くねーやー」と言って調子に乗っている次男の姿がとても面白かったです。結局18時30分過ぎまで遊びました。
私の人生は、自分で言うのはなんだけど、なかなか大変なものでした。いろいろな人に支えられ、いろいろな人に助けていただき、今の人生があります。一つ間違えばどうなっていた事やらです。今ここにこうしている事は奇跡に近いかもしれません。だからもう一度人生をやり直せたらとは思いません。ハッキリ言って、もう一度人生をやり直してここに来れる自信がありません。私の人生は奇跡の連続でしたが、その中でも大きな奇跡とも言える出来事が2回起きました。それは極真空手に出会った事と妻に出会った事です。その出会いがなければ私の今の幸せはありません。だから極真空手と妻だけは命をかけて大切にしたいと思います。
今日は本当に本当に嬉しい事がありました。情熱を持って、何かを一生懸命に頑張れば必ず報われる事があると思います。その途中には、辛い事もあり、失敗する事もあり、挫折する事もあります。でも諦めずに何度も立ち上がって夢に向かって一歩ずつ歩いて行けば必ず報われる事があると思います。でも先ずは挑戦する事が大切だと思います。挑戦する時には、今まで自分が作り上げた物をぶっ壊して、裸一貫で挑戦する心構えが大切だと思います。何歳になっても、それを出来る人は新しい物を構築し、新しい自分を作る事が出来ると思います。今日、私は今までの自分の努力が報われる出来事がありました。これからも失敗を恐れず挑戦し続けて行きたいと思います。
空手の指導というものは、ある意味で言えば、道場生の前で演武を披露しているようなものだと思います。そう考えると毎日が演武という事になります。だから指導には万全な状態で臨まなければならないと思っています。私は少年部の稽古も一般部の稽古も生徒達と一緒に柔軟体操と基本稽古を行います。万全な状態で自分の身体の使い方を動きを技を見せたいと思って指導しています。一般部の稽古は道場生と一緒に稽古するつもりで臨んでいますし、稽古のメニューも組手まで全て道場生と一緒に行います。だから私は、その日の1番最初の指導の前に必ず柔軟体操を行い、しっかり身体が動く状態で指導に入るようにしています。そして常に自分自身の自主稽古をしていますし、常に新しい事を自分の中に入れるように空手の本を読んだりしています。私は空手道を生業にしています。だから私は空手道に命を懸けて取り組まなければならないと思っています。そして次の世代にこの道場も技術も理論も意志も魂も引き継がせなくてはならないと思っています。人間一人の人生で何かを極めるには、人間の人生は短すぎます。でも、空手道が今まで繋がって来たように、次の世代に引き継いでいったのならば、素晴らしいものを生み出す事が出来ます。毎日、それを忘れず指導にあたりたいと思います。
本日、大森道場に縦1.7m、横3.6mの鏡を設置しました。道場生のためにも鏡を設置したいと予てから思っていたのですが、道場生の皆さん、ご父兄様のおかげで、やっと念願が叶い鏡を設置する事が出来ました。道場生の皆さんには、鏡を見て型を稽古したり、基本稽古のフォームを研究したりと、大いに鏡を活用して稽古に励んで欲しいと思います。
kanno
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