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2021年04月27日(火) 前橋妙子初段の命日

本日、4月27日は極真会館東京城南京浜支部に10年所属し一緒に稽古をした。前橋妙子初段の命日です。前橋さんは2006年11月2日に入門しました。私と前橋さんは同じ歳なので33歳での入門でした。いつも元気に道場に来る前橋さんが私は好きでした。負けず嫌いで一生懸命に稽古し、少し遅い年齢で極真空手を始めましたが頑張って試合にもたくさん出場し、全日本女子空手道選手権大会にも出場しました。前橋さんが入門してきた頃は私もまだ現役で試合に出場していましたので、私は夜中の12時近くまで稽古をしていましたが、前橋さんも良く一緒に自主トレをして行きました。私が現役最後の年にゴールデンウィークに行った1人合宿の稽古にも2日間ほど一緒に稽古してくれました。私の現役最後の試合になった大阪府立体育館で行われた全日本ウエイト制空手道選手権大会の応援にも来てくれました。これはあとで私と仲の良い支部長から聴いて知った事ですが、前橋さんはずっと不動立ちで私の試合を見ていたそうです。病気になり入院してからも、私がお見舞いに行くと、起きる事が出来なくても意識のあるまで、しっかり十字を切って挨拶をしてくれました。私が前橋さんと交わした会話で一番覚えているのは、やはり前橋さんが余命宣告をされ、その事を私に話し、「先生なら最後の時間をどう生きたいと思いますか?」と聞かれた時の事です。私は渾身で「私は自分らしく生きたい」と答えました。その事を今も考え続けています。「自分らしく生きる」と言う事は、もしかしたら「自分らしくなく生きる」と言う事にもなると思います。私は最近そう思うようになりました。正直な気持ちを言えば私は死ぬ事が怖いです。この世から自分が居なくなるのですから、それはとても恐ろしいし寂しく思います。でも私は私の言葉を信じて頑張って最後まで生きた、前橋さんをがっかりさせるような生き方や死に方をする訳には行かないなと思います。自分の言った言葉の責任と義務を果たさなければ行けないなと思います。家族に対しても道場生に対してもそうですし、私にとって関わってくれた人達に「なんだ本当はあんな人間だったのか?」「最後の時には情けなかったな」とがっかりされるような死に方をしたくありません。「自分らしく生きると言う事は、最後まで弱い自分に負けないで生きる」と言う事だと思っています。本当の自分に負けないで、最後まで生きた事が、後に本当の自分となり、自分らし最後まで生きたという事になるのではないかと私は思っています。これは私個人の考えですが、とても残念だし寂しい事だけど、やはりこの世で私が菅野秀行として、前橋さんが前橋妙子として、会う事や話したりする事は、もうないのだろうと思います。でも私は前橋さんがこの世から消えたとは思っていません。私の心なの中にも生きていますし、何かになって存在していると感じています。もしかしたら意外に近くにいたりして?とふと思ったりもしています。私がやらなくてはならない事は、前橋さんが愛してくれた極真会館東京城南京浜支部と言う道場を発展させ、私達が居なくなった未来に繋げることです。それを改めて心に誓いたいと思います。


2021年04月26日(月) 大山倍達総裁の命日

本日は大山倍達総裁の27回目の命日です。私は大山倍達総裁に直接ご指導頂いた事はありませんが、幸運にも1991年に東京体育館で行われた、第5回全世界空手道選手権大会での大山倍達総裁の最後の演武を見る事が出来、また1993年に大阪府立体育館で行われた、第11回全日本ウエイト制空手道選手権大会の会場で大山倍達総裁に握手をして頂きました。大山倍達総裁とは、ただそれだけしか接点はありませんが、大山倍達総裁の著書はほとんど拝読し、ビデオも全て買って見ていました。そして大山倍達総裁が好きすぎて、しょっちゅう大山倍達総裁の真似をしていました。私にとって大山倍達総裁はまさに神様です。今日は稽古前に大山倍達総裁座右の銘11箇条を唱和させて頂きました。


2021年04月25日(日) 今日は

今日は上田幹雄選手の100人組手をオンラインのライブ観戦をしました。上田幹雄選手はとても立派に戦いました。私は30人組手をした事がありますが、ほぼ全員が全日本選手権に出場する選手で、その人達が元気な状態で代わる代わる向かってくるのですから、とてもとても尋常ではありません。60人よく頑張ったなーとしか言えません。午後からは東京城南京浜支部の道場生だった前橋妙子初段のお墓詣りに家族で行きました。前橋妙子初段は43歳で亡くなりました。私と同じ歳でしたので、もう5年が経ったという事になります。本当にあっという間だなと思います。次に会う時にも先生と呼んでもらえるような生き方をしていかなければならないと強く思います。


2021年04月24日(土) 心地よい場所

人は人と関わる事で、自分の良さや悪さを知ったり、自分の色を知ったり、自分を成長させて行ったりする事が出来ます。私は極真空手の道場に自分の本当の居場所というか、自分の心地よい場所と言うものを見つけました。私は学校の勉強などの中に本当に好きな物を見つけられませんでした。そして学校のクラスでも、自分の本当の居場所も見つける事が出来ませんでした。なので学校ではいつも先生に怒られてばかりでしたし、クラスの中ではいつも良くも悪くも目立っているか、浮いているか、疎外される存在でした。多分、私は一般社会で会社員などをしていたら、ずいぶんと苦労した事だろうと思うと同時に、自分の個性を殺して我慢して生きていただろうと思います。でも自分を活かせる自分の心地よい場所を見つけた事によって私の人生は変わりました。そして同じ場所を心地よいと思う、気の合う仲間を見つける事が出来ました。私の息子達にも自分の心地よい場所を見つけて生きて行って欲しいなと思います。


2021年04月23日(金) 長男の誕生日の前借り

長男が誕生日プレゼントの前借りをしてエレキギターを買って欲しいと言って来ました。どうしてもエレキギターで練習したい曲があるのだそうです。エレキギターはなかなか高いですし、買ってあげるのも大変なのですが、買ってあげる事にしました。今を逃しては習得出来ない事もあるだろうし、あの時あれをやっていたら?と後悔して欲しくないと思い、少し無理をして買ってあげました。考えてみれば私の両親も私にとって本当に必要な物なら、無理をしてでも買ってくれたと思います。大人になったら、やらなければいけない事が多くなり、そのやらなければいけない事にほとんどの時間を取られ、そしてやらなければいけない事に力を取られ、やりたい事をやる時間もやりたい事をやる力も少なくなってしまいます。子供のうちに本当にやりたい事話や見つけておけば、それでご飯を食べる事が出来なかったとしても、それを趣味として続け、いつかそれで何かが出来たりする事もあると思います。困った事に長男に影響を受けて次男もギターを習いたいと言い出しました。鉄は熱いうちに打てだと思うので、熱が冷めないうちにやらせてあげようかなと思っています。


2021年04月22日(木) 長男の事

長男の友達の女の子が家に長男を迎えに来て、2人で商店街にある鯛焼きやお団子を売っている店に行って、お団子を食べたそうです。長男は私の子供の頃に似て、少し変わっている所があるけど、その変わっている部分で人に好かれているから面白いなと思います。私は変わっているせいで、人から疎外された事がたくさんありました。なので小学校の高学年ぐらいから自分の変わっている部分を隠すようになってしまいました。変わっている部分が悪い所なら隠さなければいけないのかもしれませんが、良い部分まで隠してしまっていたように思います。中学生ぐらいからは、また自分を出していけるようになりました。長男の変わっている部分を私は大切にしてあげたいと思います。


2021年04月21日(水) 長男は放送委員

長男が放送委員になり、学校のお昼の放送などをしているそうです。本当に長男らしいなと思います。目立ちたがり屋なところは私に似たのかな?と思います。人の前に出て何かをやるという事は、緊張もするし、失敗したり恥をかく事もあると思います。でもそんな事にめげずに頑張って欲しいと思います。人の前で何かをやる事が出来るという事は、自分の存在をたくさんの人に知ってもらえるという事です。それは素晴らしい事だと思います。そしてその経験は将来とても役に立つと思います。頑張って欲しいと思います。


2021年04月20日(火) 順調です。

腰を痛めてからウエイトトレーニングが出来ずにいたのですが、やっと今日からウエイトトレーニングを再開する事が出来ました。体重も順調に落ちていますし、膝の状態も正座も屈伸も出来るようになり、とても順調に良くなっています。このまま良い状態を保てればリハビリと病院の診察も6月を最後に出来そうです。無理は禁物ですが、80キロぐらいに体重を落とし、右足の筋肉をつけて行けば、移動稽古なども再開出来るとおもいます。出来たら連休明けぐらいには全開で稽古が出来ればと思っています。5月から稽古を再開出来たとして、10月に膝を痛めてから7ヶ月、1月に手術をして約3ヶ月半ですから、本当に時間がかかりました。この時間を取り戻すような活動をして行きたいと思います。


2021年04月19日(月) 日曜日の夕方に

日曜日の夕方にゆったりとお風呂に入って本を読んでいる時に、長男が弾いているギターの音が聞こえ、長男のギターの音に合わせて歌う妻の歌が聞こえ、「8時だよ!全員集合!」を見て笑う次男の笑い声が聞こえて来ました。こんな時間を過ごせる事はとても幸せだなと感じました。


2021年04月18日(日) 私の師匠

今日は私の師匠である廣重毅師範の命日でした。廣重師範の下で21歳から29歳まで8年間修行させて頂きました。23歳から27歳まで4年間は内弟子として稽古させて頂きました。いろんな事を学ばせて頂きました。今私がこうして道場を運営する事が出来ているのも廣重師範のおかげです。本当に感謝しています。


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