「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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| 2004年06月11日(金) |
「二年目の始まり」 社会に出てみよう 断罪 |
一人で家にいて、私は何がしたいのだろうと考えました。こんな気持ちを感じたのは2回目で、今日の私は自分がやりたい事をただ進めていけばいいのだと思えました。少し前にはやりたいことが山ほどあるように思いましたが、今はただひとつ、過去の傷を癒やす事だけなのです。
夕方ゆっくりと料理をし楽しみました。一人で料理して、一人でご飯を食べる。これまで一人の空間を意識したことが無い私だったのだと改めて感じました。こんな時には自分の周りの時が止まっているようにさえ思えました。本当は時間はどんな時も同じように流れているのですよね。
ゆっくりとした空間の中でふと思いました。私は現実を生きている。私がこれからも成長する為に、社会に出ていろんなモノを収集し、その中で自分の価値観に沿うものを選んでいくことは大切なのではないかと。
何となく、プラスな動きが出来そうな予感がしています。 いつもいつも前を向いていけば良いだけ。思考が乱れたらMamoを意識すれば良いだけ。 たくさんの思考の中から私の思いをチョイスすればいいだけ・・。
「二年目の始まり」
二年目の始まりです。といっても、何も特別ではありません、私はただ毎日を生きていくだけなのです。
一昨日語り合った複数人格を持つ彼女と居た空間で、私は重たい何かが背中から襲い掛かってくるような感覚に捕らわれました。二人でいるときにはそれが何なのかを考える余裕がありませんでした。私はそういう場合に姿を変えてしまいがちなのですが、自分を意識しつつ、私が自分への違和感を持ったまま彼女と接することで、彼女を刺激してしまわないようにとも考えていました。
でもそこでふと、ちょっとおかしな考えだということに気が付きました。例えば私が誰かを傷つけてしまわないように意識することはとても大切ですが、そもそも自分に意識を向ける事が出来ていれば、隣に誰かがいたとしても、それはごく自然にそこに居るだけで「刺激してしまわないように・・」と考える問題ではないように思えたのです。
ということは私は私を意識すれば良いだけなのですね。いつもいつも・・。そうですよね。誰かの為にそこに居るのではない。私は私の欲求を感じて、そして現実に存在するのだから。
彼女と別れた後、私は重たい何かが実際に自分の中から飛び出てしまいそうになる感覚を感じました。これは初めての告白ですが、こんな時の頭の中はいつも映画『エイリアン』の中でエイリアンのお腹から赤ちゃんが生まれる瞬間の映像そのものなのです。重たい何かと共に軽い吐き気に襲われて、それから何か表現できない怒りが押し寄せてくるのを感じました。
“ 怒り ” ・・そうだった。私がいつも抱えていたものは、人格を破壊されてしまったことに対する激しい怒りだったのです。以前の私はこの怒りを自分が中に入り他の人格が現実に出た状態で表していたのだと思います。
人格破壊は史上最悪の犯罪です。
何故なら “ 命 ” とは他の何にも変えがたい尊いものだからです。 私はひとつ罪を犯しています。それは私自身の子どもの人格を破壊していたことです。
社会の無関心が人格の破壊に大きく影響していたのだとしたら、遠い過去に作られた法律を変えていく必要があります。 「親のおかげで・・」と言って生きている人が居たら、自分を見直す必要があります。家も土地も地位も名誉も、亡くなった人が眠るお墓でさえも、過去から続いているもの全ては本当に必要なものかを考える必要があるのです。 でも、私は今はまだこの事を人に伝えることが出来ません。何故なら過去に子どもを傷つけていたから。そして今もまだ残された傷に振り回される自分が居るからです。
私は自分の罪を償いたい。 私が罪を償う方法は子どもに対して何かをすることではなく、私が“私”として現実で生きることです。
ロボットではない、自分の傷みを知る “ 人 ” として。
社会に出ることは、自分の位置を確認することと、考える材料を得るためには大切なことではないかと感じました。そして、社会の中にも自分の心を見つめて生きようとする人は存在するのですから。それでもマイナスはマイナスなので、私はマイナスに巻き込まれないようにすることが大切なのです。
| 2004年06月09日(水) |
一年・・ 胃カメラ ロボットを作った過去の社会 |
Hi Mamo, Congratulation! from Mamo 一人になって一年を迎えました。 一年前と何処が違うかな? 一年前の私は自分が複数の人格を持つ事を知ってはいましたが、他の人格で生きる自分を見ることも、他の人格を認めることも出来てはいませんでした。そして今はマイナスの自分も受け入れてプラスの事をしていく毎日です。この1ヶ月、私は「もうすぐ此処へ来て一年になる」ということで、一人で焦りを感じていました。私は成長した自分をどこかに証明しなければならないような気持ちになっていました。でもそんな必要はないのですよね。 何があっても、人は日々成長するのです。私も生きている限り成長する、生きていくのなら、できれば昨日よりは少し良い生き方がしたい、ただそれだけです。
私は一年間何をしてきたかな?
これまでの責任の無い生き方から、自分を見つめ今までとは違う生き方をしようとしてきました。そして実際にこれまでの生き方とはまったく違う方法で自分を見つめ考え生きてきました。自分で生きるためには、このことがとても大切なのです。
実は私は昨日胃カメラを飲んできたのです。この何日かの腹痛を解明したかった。検査をして何も無ければそれでよし、何かがあるとわかればそれなりの対応をしていけば良いのですから。と言うことで、去年の夏に胃カメラを飲んだ時と同様に、私は自分の胃の中を見られることにワクワクしました。検査前の筋肉注射はとても痛かった・・。 「痛いなぁー・・」と感じつつ、「痛くて当たり前だ、皮膚に針を刺してるんだから・・」と、又また痛みを感じることに一種の満足感を感じる私でした。 検査は何事も無く終わり、看護婦さんは「こんなに楽にカメラを飲んだ人は初めてです」と言いました。そうなのか・・私は自分が楽に飲んだのか、それとも痛みを感じないようにしてしまったのか分かりません。けれども、苦痛を感じることなく自分の胃壁を見て満足した私が居るからそれで良いように思います。
私は今日、複数人格を持つ女性に出会いました。ゆっくりと語り合うのは2回目でした。私はぽつぽつと語る彼女の言葉の中から、彼女と私の “ 同じ部分 ” を探しました。見つけた答えは「こんなにも心を壊されている」、そして私は過去に「こんなにも壊されていた」ということでした。
酷いものです。過去の大人が当然であり正しいと思い込んでやってきたあらゆる教育が、私や彼女そして他の、心の問題に悩む多くの人たちを作ったのです。だけど、そこだけを見ていては私は成長できませんね。 これからも自分を見つめる事が良いですね。
彼女と別れた後の私は何度かタイムトリップを起こしました。でもそんなときも、自分を意識して前を向く事を思い出せれば、私は“私”になれるのです。
感情の無い人はロボットです。社会に居る多くの人々はまだまだロボットのまま生かされているのです。
| 2004年06月08日(火) |
マイナスを削除する方法 過去の社会の残虐さ |
私の思考の小さな隙間に、マイナスが入り込んでいて、日記を書く時でも社会でも、私は “ 真実の私 ”と、私自身ではない“ 傷だらけの私 ”を繰り返しているようです。 過去にはそれは、明らかに別の人格で今もまだそうであることに変わりはないのですが、今はその状況が自分で見えるようになり、ゆえに混乱してしまうのだと思います。ではどうするかな。
分かりやすいのは日記ですね。語ったことは忘れてしまうことが多いけれど、日記は読み返してみると分かります。日記の中に、過去の話を入れた時は、その行間の部分だけ自分を意識できていない、事実 “ 私 ” ではないのだと思います。ということは、日記の中に過去の事を書いた時にはその部分を削除すればいいのだな。でもそれって、事実を否定することにはならないのかな。
私は2、3日前に社会から完全に切り離されたくなりました。マイナスだらけの社会の中で自分が苦しくない生き方をしようとしたときに、自分の世界以外の何処にも顔を出したくないような気持ちになったのです。そんな自分を見つめていて、不登校や引きこもりをしている人そして暴走族と言われている人など、社会の基準から見て 「 問題児 」 として扱われている人の気持ちと同じではないかと感じました。彼らは自分の心を持ち、感情を感じ、周囲の抑圧から逃れ自分自身で生きようとしているのです。社会から自分自身を潰されたくないのです。 そして自分の感情に気が付いた私は社会から逃れて生きていくだけでは、本当の私を生きることは出来ません。私が “ 私 ” として生きられないのです。では何をしよう。プラスをしよう。マイナスの社会の中でも私が “ 私 ” として生きていけるように。どうすればよかったかな。前を見て、現実だけを見て、先のことだけを考えていこう。
・・・この記事↑は過去のことにはならないのかな??分かりません。
アリスミラーはある本の中で「自分の子ども時代と対峙し始めた人が、社会全体に広がっている子ども時代の痛みと恐怖に対する惑乱に跳ね返されてしまう」と語っています。彼女は過去の社会基盤の恐ろしさを徹底して訴えています。私は社会の歴史を詳しく知りませんが、少なくとも私の親であった人たちは私と同じように、自分たちの両親から大人の権力を振り回され苛められ、あらゆる欲求を押さえつけられたまま成長させられた事だけは事実だろうと思えます。
社会の人々は、自分たちの感情を殺されているのです。
| 2004年06月07日(月) |
痛みを感じること 自主的に動こう |
2日前から体調が崩れている事をぼんやりと感じていたのに、私は現実でいつもと変わらない生活をしていました。何時から食欲が無くなっていたのだろう。腹痛は2日前からだな。痛みを感じる私は居るのです。その時には身体を休めることが出来るのですが、痛みが治まるとすっかり忘れて自分の身体に意識を向けることが出来ずに居ました。 それが・・とても不思議なのですが、自分が現実で生きている事を感じれば感じるほど、体の不調をはっきりと感じるのです。「あ〜お腹のここら辺がこんな風に痛いんだなぁ」と言う感じで。そしてその感覚が一昨日より昨日、昨日よりも今朝と、何となくはっきりとしてきて、今朝の私は「これ以上自分に無理をさせられない」と言う気持ちにまでなっていたのです。(症状が悪化したのだと言われれば、それまでなのですが・・)一昨日と昨日の夜は早く休んで・・。今朝起きてみると体が酷くだるくて腹痛と吐き気です。でも約一年前に胃カメラを飲んだ時とは違い、私の心は決まっていました。「自分の身体を大切にすること」結局仕事を休んで、今日は一日家で寝ていることになりました。
今日の私は、痛みを感じる事を嬉しいとさえ思いました。何故なら一年前には、痛みも何も感じない私が居て、半年前には感じ始めた痛みに混乱する私でした。そして今は、自分の体の痛みを受け入れる私が居るのです。自分の身体に何をしてあげると、この痛みが小さくなるかな? 冷やすかな?暖めるかな? お腹を冷やすのは良くないだろう。では温める?でも、炎症があるところを温めてはいけないだろう・・・うーん。 考え付いたのは私の手の温度で温めるというものでした。不思議です。何となく温かいのです。私の手はこんなに暖かくて痛みに優しく届くのですね。 「気功療法」なるものがありますが、今日の私はまさしく自分で自分に “ 気 ” を送っているようでした。それもありですよね。だって、気功の先生をしている人は自分の “ 気 ” で自分の癌も治しちゃうというのだから。
実は以前うつ病で薬物依存になっていた頃、薬をやめたくて、気功療法に足を踏み入れたことがあります。その時出会った人は 「 いつも “ 気 ” を出せるような生き方を心がけています 」 と言っていました。私も自分自身の自然治癒力を引き出せるような生き方をしていこう。私の能力を根底から引き出せるのは私しか居ないから。それには傷を癒していく必要がありますね。
私達が自分の欲求に沿って “自主的に動く” という事は素敵なことなのですね。私はこれまで、子どもの為、家庭の為で生き続け、一人になってからもなお、自分の仕事のため、誰かに会うため・・と、自分の本当の欲求を知らずに生きていたのです。常に誰かの為、何かの為・・。そうなんですね。36年間生きてきたけれど、本当に自分の欲求を知らないで生きてきたのですね。昨日の私は一人で過ごす中 “ 何をしたいのかわからない自分 ” を見つめて、今までどうやって時間を使ってきたのだろうと考えざるを得ませんでした。何も無い自分がちっぽけにも見えました。過去のそんな時には、おそらくビデオを見たり買い物に行ったりと社会にあるものの中で自分にある空虚感を満たそうとしていたのです。
私はまだまだ楽になりたいです。そしてまだまだ楽になれる事を知っています。 21:15
| 2004年06月06日(日) |
思考 優先順位 本当に大切なもの 現実の色 |
部屋が散らかっていて、やりかけていることが私の目の前に散乱しています。理由は、浮かんだ思考の全てをやろうとしているから。Aのことをして居る途中でBを思いつくと、Aを途中でやめてBをやり始め、Bに関連してCが浮かぶと今度はCをやり始め・・・。最も総体して心に関することなので大きくずれているわけではないのですが、時々 “ 本当にやりたいことがわからない自分 ” になってしまったり、 “ やりたいことが多すぎる自分 ” に混乱してしまうのです。私の頭に浮かんだ思考は全て私の思考なのですから、全てをやりたいことだけは確かなのですが、「じゃ一番やりたいことは何か?」と聞かれると、そこで又混乱してしまうのです。
自分のやりたいことが決められない。これは買い物に行って品物を決められないのと同じですよね。一つならすぐに選べる、だってそれしかないのだから。でもたくさんあると、多少は誰でも迷いはあるのでしょうが私達は過去、10回でも20回でも何個もの品物をどうして良いのか分からずに、結局は買い物が出来ないまま帰る事を繰り返していました。自分の欲しているものが分からないのです。ありゃ?ということは、今も同じ現象ですか?多くのことは出来ていない?・・・全部が中途半端のままで、出来ていません。そして今の私は別の人格の思考を全て私の思考として捉えていこうとしているところなのですが、そうすると上のような小さな混乱が起こるのです。
でも、浮かんでいる思考の中でも必要ないことって意外とあるのですね。私は一昨日ふと、「浮かんだ思考の中でも私が表に纏めて出せないということは、その時点では必要ない思考なのかもしれない」と感じました。そうすると、不必要な思考は却下しても良いということになります。そして必要なものを選択するのに、優先順位を考えればよいということになるのですね。では、今の私に必要なものは何かなぁ。と考えていても、どれも欠かせない、今すぐにする必要があるような、そんな錯覚に捕らわれます。よく考えよう。うーん。よく考える必要はは無いのだった。私Mamoがやりたいことを、優先順位と捉えていけば良いのだ。
複数人格の私も一つの人格の人も、常に何十何百という思考が浮かんでいているそうです。そして普通の人は意識に上る前に自分で優先順位を決める事が出来、それ以外のものは削除されるらしいのです。私の場合は別人格の思考として浮かんでいて、実際に浮かんだ思考の多くは、別の人格が行動化していました。その時々に自分たちが生き延びる方法として出来うる全ての事をしてきたのです。ですので現在でも、浮かんだ思考の全てがその時を生きるのには欠かせないような、そんな感覚を持ってしまうのです。
実際には人間は一度に一つのことしかやれないのです。それを無理にやろうとすると、乱暴な方法を選んでしまう。 私は本当は一つずつ丁寧にやって生きたいのです。
そうですね、やっていこう。きっと出来る。丁寧にやれないことが苦しいのだから、丁寧にやっていけば楽になる。
私は今日からやりたい事を二つに絞って生きていきます。でもその他の小さな欲求はどうすれば良いのかな。寝たいけど起きたいとか。食べたいけど出かけたいとか。
そっか。私Mamoがやりたい事を優先すれば良いのだった。
昨日ファシリテイター育成会に参加しました。ある方は「親をやめたい」と言っていました。 私は自分と子どもを救う為に、直接関わる親の役割から降りました。デモね、実際には一年前の私は、子どもを救うことまでは考えられていなかったようです。私は自分が苦しくて苦しくてたまらなかった、そして苦しいままの私では子どもを傷つけるだけなのだと言うことだけを理解していたにすぎません。そしてそれでも私が新たな傷をつけない事を選べたのだから、これで良いのですよね。
長い間、理想を追いかけて生きていました。本当にとてもとても長い間。大切にするべきものはそう多くは無いはず。私は私の今の生活を優先し、大切にしていけば良いのです。本当に大切なことは “ 私が今を生きている 自分を知っている ”ことです。 “ 自分の生き方を自分で知っている ” ことです。 私が見ているものだけが、私の人生の現実です。私以外の別人格の誰が見たものも、過去の辛さの中から見たものか、過去に思い描いた理想の世界でしかないのです。
ずっとずっと考え続けている私のテーマ “ 本当に大切なものは何だろう ”は、もう目の前に広がっているような気がします。7:49
一人で行動することの気持ちよさを知りました。一人を楽しむ中で見える現実の色は、私の眼にとても鮮明に移りました。 私が私として生き、現実を実感するとはこういうことのようです。いつも垣間見ていた景色を、これからは私が連続して見ることを意識してさえ居れば、私はいつも何処でも楽に生きて行けるのですね。 と言ってもこの感覚はなんと言いますか・・・書いてみると「私が見ているものが本物だ」になるのだけど、その感触は口で現すことが出来ません。ただ、ICの本には「私は私」だと書かれているので、この部分が今日の私と同じではないかと思います。 今日は雨が降っていました。雨粒は屋根の上で飛び跳ねていました。
いつも力を抜いて生きることが出来ればどれほど楽だろうと思います。そして今はそうなる為の作業をしている事を実感します。21:00
| 2004年06月04日(金) |
自分らしくあること。 理想の世界と現実の世界 |
“朝シャン”しました。気持ちが良いものです。少し前にお風呂は入りたいときに入るのが一番だと言う話をしたのですが、確かにそのとおりでした。本当は何でも自分がそれを欲したときにしていくことが一番なのですよね。昨日『心の旅』という映画を見ました。ワーカホリックで子どもの存在を無視してきたパパが、記憶を失ったことで自分の人生を振り返るチャンスに出会い、子どもや周囲との新しい関係を築いていく・・というものですが。私が生きるのにまず一番目に必要なことは、感情を持った人間でいるということのようです。私はロボットではない。心を持った人間で常にさまざまな感情の中で生きている。その感情を自分で感じて受け入れて行くことで、何かが見えていくのですね。ワーカホリックのパパは記憶を無くす前、自分の心を殺す為に仕事に没頭していたので、傷ついている子どもにすら自分の人生を嘆いていました。これからを生きていく小さな子どもにです。そして記憶を失い新しい自分としてスタートし始めると・・なんと、新しい彼は自分の感情を基準に行動しているのです。私にはその様子がとても心地よかった。何故ならまるで子どものように純粋に自分を生きている彼だったからです。子どもとは本来そうなのです。自分らしくあるとは自分だけにしかない自分の感情を感じて、それを元に自分で動いていくことなのですね。 私はどうかな。感じられる部分とそうでない部分と・・でもこれからいくらでも広がっていきますね。癒せた分だけね。
実はすぐに社会に巻き込まれる私です。分かっていても巻き込まれるんです。それだけ確立していない自分が居るということですね。社会に出ることが辛いと感じていた私ですが、今日から又新しいスタートです。辛いことばかりと感じている社会に大切なものを持って出かける。それは能力です。私にしかない能力を持って一人で社会に出て行きます。きっと違う何かが掴めますね。8:10
現在の生活だけが私の人生の“現実”なのですね。私が子どもの頃に描いてきた理想の生活は、本当は何処にもないのです。今夜はその事をようやく自分の心で知ることが出来ました。私が過去に描いた世界は、子どもの私が辛い現実から目を逸らす為に作り上げてきたものでした。 そして大人になった私は何時までも、過去に描いた理想の世界=過去の事実とは違う世界を探していたのでしょう。
全ての過去はもう終わってしまった。私はこれからは現実だけをしっかりと見つめて生きることに決めました。
自分がこれから何をするのか、やりたい意思のあるものは何なのか、優先順位は何なのかをしっかりと見据えていきながらやっていきます。私はまだまだ成長したいのです。何故なら、今でも生き辛さを抱える私が居るから。
それから・・。この頃の私は、別の人格のいろんな言葉が頭の中でこだましています。それが今までと違ってかなりプラスの気付きがあるので、それらを整理することにしていたのですが、私は時に混乱してしまうので、私自身が頭で整理して表に出せないものは却下することにしました。私の思考を吸収したい人はそれぞれのところで吸収しているのだと思います。私は自分が現実でプラスをして行くだけ。それがとても大切なのです。22:00
22:00
| 2004年06月03日(木) |
社会の生き辛さ 休憩 |
職場では、休み時間以外にも小休憩の時間があるのですが、その休憩時間すら強制させられるのです。他者同士が常に同じ時間に同じように体が疲れることなんてありえませんが業務の流れを考えればやむをえません。そして、人は自分の体が疲れたと感じたときに休みたいと思うもので、本当は時間を決めて集団ですることではないのです。ですから「休む必要が無い」と感じている人にそれを強制するのはおかしいし、実際に自分が休憩できる状況ではない事だってあるのです。そうか・・私は今度はこの事を実行してみよう。自分の身体を知っているのは自分で、その業務に責任を持ってやっていれば、何も問題は無いはずだから。
私は今の社会は生き辛くて仕方がありません。
お金と力と評価の世界。大切なものがみつからない。皆が整列して同じ事をして、その中で落ちこぼれなければ安心できる。国会議員も医者も教師も職場の上司も皆同じ。お金と地位のことしか頭に無い。全ての快楽がお金から発生すると思ってる。
自分たちの権利を遂行することで、私たちから自由に生きる権利を奪ったのは誰ですか? 私はそんな社会は生き辛くて仕方がありません。 だから生きづらさをひとつずつ生きやすさに変えていくのです。どんなに時間がかかっても・・。 7:45 2004/06/03
| 2004年06月02日(水) |
社会の生き辛さ 比較 言葉 |
社会の中に生きる自分を見つめていました。社会で生きる私は他者の視線に一喜一憂し、他者に受け入れられる自分を探していました。受け入れられていないと感じると、即座に人格を変えました。受け入れられる人格を探している事を知りました。そんな自分はとても疲れていて神経痛の痛みが増していることも気付きました。出てくる人格をとめることも出来ませんでした。 そんな自分に出来ることは、ただ今まで学んだ事を意識することでした。 意識出来たり巻き込まれたり・・つまり私はいつもこの状態で生きているのだろうと思います。社会の中で混乱と安定を繰り返しながら、何とか生きているのが今の私の姿なのです。そうですね。 そしてこんな気付きは大切だけれど、考え続けることには問題があるのですね。「此処もあそこも」と、自分に付いてもマイナスの収拾をしてしまうのですね。
私は、世の中の流れの速さにまったく付いていけません。職場では一度に何個もの事をしようとします。ひとつでも多くの事を出来て当然で、何かを知らないことは力不足、落ちこぼれと評価されるのです。私は過去にその社会に染まろうと努力しました。個人の尊重ではなく金銭主義しか考えていない世界に。酷いものです。 そして今でも気が付くと同じ事をしています。なぜかな。否定されると辛いのですね。だから受け入れられようとしてしまうんですね。しっかりと自分を見て、真実を見ていきましょう。自分を信じていれば誰に否定されようと問題は起きないはずだから。
職場で私より後に入職した人は辞めていき、新人さんが何人か入ってきました。世の中は比較の世界ですね。まずは年齢差で動きの速さを比較され、職の前歴で比較され、ついでにずいぶん前に入った人とも比較され・・・。私は「私がこの場所に居なければ比較の対象に入ってたの?」と思わず想像してしまいました。でも、その場所に居た人の全員がおそらく無意識の世界で比較されることの恐ろしさを感じ、他人の評価から漏れないようにと自分を奮い立たせてしまったのではないでしょうか。あるいはその逆に、自分は大丈夫だと思ったり・・。 事実「私はどう映っているのだろう」と一瞬感じましたが、今の私にその結果は余り関係ありません。
社会に流れる言葉は乱暴です。私は職場で尋ねごとをするときに、私の質問の意味が相手に伝わりづらい上に、その返答の意味を私が理解しづらいのです。何度も聞きなおしてるうちにふと「私ってナニ人?」と思います。私は日本人で、話しているのは丁寧な日本語のはず。時には、相手の言葉が分からない自分を恥ずかしいと思ってしまうのですが、とりあえず「聞く相手を間違えた」と言う事にしておいて、その場は終了してしまいます。だって言ってる意味がわからないのだもの。考えようが無いのです。ちなみに私は方言はあっても良いかなあと思います。と言っても、それが相手に伝わらない程度となると問題かなあ。私は人に伝わりやすい優しい日本語を使っていきます。
新人さんのうち一人の人は、二日続いて私の傍にぴったりとくっついて離れませんでした。昨日の私はその人の境界線を越えてその人のお世話をしてしまいましたが、今日はそんな彼女の邪魔をしないように私は私の事をしていました。私が自分の事をしていく、ただそれだけで良いのですね。
| 2004年06月01日(火) |
社会に飲み込まれる私」「社会を見据える私」・・悔しさ |
テレビで、男性摂食障害の事をやっていました。その男性は小学校時代の女子生徒からのいじめが原因だと語っていました。直接の内容は「顔が怖いと言われた」トラウマだと言われていました。コメンテーターである精神科医が見た、彼のことに対する見解は“自分の人生がうまくいかない原因を、顔のせいにすることで現実から逃げようとしている”というものでした。精神科医と司会者の会話を聞いていると心の病に対する認識の浅さを感じずには居られませんでした。彼らの問題ではないのだから当然かもしれません。
摂食障害とは母性と大きく関係があるらしい。料理は母親がするもので、食事と母親は切り離せないそうな・・。 ちなみに私も過去に過食拒食を繰り返した時期があります。その行為が目立ったことはありませんでしたが、本人が空腹を感じていないのに食べてしまうのは、食べ物依存と言えるでしょう。
なんてちっぽけな自分だろう。成長する為の材料は持ち合わせているのに、私はいつも社会にもみ消されて小さくなってしまう。他者の存在がぼやけるくらいに自分を知っていたいのに、いつのまにか他者に合わせる自分になっている。何時までこんな事を繰り返しているのだろう。同じ事を繰り返してる自分が歯がゆい。 一年前、元パートナーに向かって感じた底付き感は、一年後の今、自分に向かってやってきた。何でこんな頭なんだろうと自分の頭をぽかぽか殴りたい。悔しくて泣きたい。死にたいとは思わないことだけはすばらしい。此処だけは一歩もたじろがないくらい成長しているらしい。私の頭にその気持ちはあるのかな。あるんだね。でも私は死にたいとは思わない。だけどやっぱり頭がまとまらない。 世間と同じ基準で動いてしまう自分が悔しい。そしてこうして書いている次の瞬間に、私は此処に書いたことなど微塵も思っていないくらい前向きな自分になるのです。ほらね。こんな私は、どっちが本当の私だろう。こんな私は私をどうすれば良いの。
「 社会に飲み込まれる私 」 と 「 社会を見据える私 」 「 他者が基準の私 」 と 「 自分が基準の私 」 23:40
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