「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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| 2004年12月10日(金) |
退職の理由を見たいとき |
2004年12月10日、介護保険施設での最後の仕事の日。 約一年前に就職し今日まで、多くの経験と共に多くの学習をしました。しかし自分を大切にして働こうとする時、「タバコの煙」が常に弊害になりました。 私は毎日自主的にタバコの煙から離れるということをしました。それは自分の現実を意識することにつながりました。 分煙のお願いもしましたが叶いませんでした。
最終日の朝、申し送りのあと、他の方々が私に可愛らしい花束を差し出してくれました。過去に何度も経験した光景で、私自身が贈呈する側に居たこともあった。けれど今は、この「花束」の存在が「私が退職する理由をうやむやにしている」と感じています。私は、私自身がこの職場を辞めることになった理由と向き合えるよう、一度胸に抱いた「花束」のリボンを施設で利用して頂けるようお願いし、花は職員の方々が自由に持ち帰ることが出来るよう、小さな花瓶に挿しかえ、て、私の「心」を小さなメモに書き残しました。 最後の日をこのように過ごしたことで、長く働けない理由があって退職する自分を大切にすることも出来ました。このことが「私の新しい明日」へと続くこともイメージしています。
私は今日から、これまでとは違う「新しい環境」で「生きていくこと」を始めます。昨日と違う「今日」、私に何が起こるのか、今日も楽しみにしています。どこにいて何をしていても、私は「私」を意識しています。
私は過去、日常の生活に流されて、自分を見つめる事を忘れていたのではないだろうか。そして 「忙しさ」 を理由にして、自分の事をおろそかにしてきたのではないだろうか。それならば、私は日常の生活の中で意図的に自分を見つめる時間を作ることが大切なのではないだろうか。 仮にそうだとするならば、私はこれから、毎日の生活の中に 「私の心を見つめる」 時間を作っていこう。 「私は自分の日常から意図的に離れ、静かな空間を確保し “私の心” に耳を傾ける時間」 を作っていこう。 「私の心を見つめる時間」 は、例え5分という短い時間であるとしても、それで良いのだろう。その時間を作る「私」でいることが大切なのだから。9:35
| 2004年12月06日(月) |
「生きるということ」 |
朝起きる。身体を冷やさないように服を着替える。一日を活動するための・健康に生きるために少しばかりバランスを整えた朝食を摂る。私は、仕事へ行くまでのわずかな時間を、 「私」 の優先順位に沿って動いていく。 「生きる」 ということは、このような日常の中で、 「自分を育てていく事」 ではないだろうか。そして、「自分を育てる」 時には、「より丁寧に自分を見つめていく」 ことが大切なのではないだろうか。さらに、より丁寧に自分を見つめて生きるためには、 「より確かな能力を意識できる自分」 と「安定した心を持つ私」 で居ることが大切なのではないだろうか。 「安定した心で生きる “私” 」 は 「安定した日常」 の中で 「今を生きる」 ということをしながら 「自分にある未来や可能性」を・ 「遠い将来に居る自分」 を思い描きながら、生きていくのではないだろうか。
私は今、「生きるということ」 について、自分にある現実と照らし合わせて見つめる事をしています。そしてこれから、私は 「自主的に動く事」 を意識して、私の人生を 「私の意志」 に基づいて 「私の為」 に歩いていくのです。
職場では、ときに巻き込まれたまま生きる私が居ました。私は今も 「過去の思考で生きる私」 が居る事を意識し、この事も踏まえて今夜も又、自分育てに自主的に取り組む 「私」 なのです。 「過去はポイ捨て部屋」 一年前に作った私の部屋の表札を、今日はしっかりと見つめる私なのです。21:50
2004年12月4日、私は自身の「生死感」を語る機会を得ました。そして今日もまた、「過去の事実を見据えられる自分」を意識し「今」を生きる事をしています。
仕事は退職日を5日後に向かえました。私は今、「働く」ということは、私の能力とお金を交換するものなのだと知りましたので、残す5日間を、これまでよりも更に責任を持って取り組むよう意識しています。もちろん、自分を大切にしながら・・・。
晴れた日の、午後4時半。私のお気に入りの時間。空は夕焼けの光りに照らされ、うっすらと円を描いたように薄紫に染まります。空と地面の境界線から始まる「紫色」は、より高い空に近づくにつれ、「柔らかいピンク色」へと変化します。私はいつもその柔らかい美しさを見ることが出来る瞬間を楽しみにしているのです。20:51 庭の「セージ」 4:30P.M. 私のお気に入りの時間 通りがかりの公園で・・。
| 2004年11月30日(火) |
「生きるということ」 |
今日私は、「矢作ダム」 へ紅葉を見に行ってきました。風もなく穏やかな水面に映っていたのは、色付いたオレンジ色の山々、そして透き通るように青い空と白い雲。ダムを囲む山は堂々とそして静かにそびえ立ち、ふもとの集落では焚き火を囲む人々が居て、その光景は 「私」 の日常とは違い、まるで 「秘境」 のように思えました。この静かな世界で自然に囲まれて暮らす 「人々」 も“ハイテク”に囲まれて暮らす 「私」 も 、「生きるということ」 をしているのですね。 「生きるということ」は、自分の目の前にある出来事と対峙し、「人」 としてより成長していく事なのですね。私はこれから、より成長する為に「プラスの好奇心を持っている自分」で居ることを意識し 「私」 の命を大切に・より有意義に使いながら生きていく事にしました。
明日から12月。庭のガーベラのつぼみは赤い色を付け始めました。一年前の冬、大きな花びらを持って私たちの前に現れたガーベラ。鉢植えとして 「美しく生きていた葉」 は、後に地植えにされた途端、自然の中で生きる為に 「たくましさを持つ葉」 へと成長していました。 「人」 として生きる私も、何処に居ても今と変わらぬ 「私」 として、けれどより新しい「私」として、「今」 を生きていくことが出来るのだと確信しています。20:00
庭のガーベラ 「矢作ダム」 セキレイ(鳥)は何処に居るかな? ネッシーは何処に居るかな?
此処からは「季節の色」をお楽しみ下さい。
「生きるということ」がどういうことか、だんだん分かってきた。
「生きるということ」は「自分の人生の問題と対峙し、より成長していく事」だと思う。 「自殺すること」は、命を持った「人」として「現実から逃げた」ことになる。 私が子どもの頃、何度も自殺しようとしたのは、究極の辛さの中に生きていたから。けれども私は生き延び、大人になった。大人になってからあとにも自殺しようとした。生きる方法が分からなくて苦して、たまらなかったから。けれどその辛さは究極のものではなかった。何故なら「究極の辛さ」は過去に終わっているから。 そして、私はここに生きている。
何日か前から、恐る恐るでも「生きるということ」を意識してみると、家を出てきた後にも「何かあったら死ねばいい。自分はいつでも死ねる」と思っている自分がいたことを知った。だから思考が入れ替わる。 けれど私は今、「生きるということがどういうことか」を知っているから、これからの私は自分の人生の問題に「興味を持って」取り組んでいくことにしよう。
社会はいつもと同じように動いている。私は「私」の心の中に“静けさ”を感じている。この静けさは何だろう。社会の動きに動じていない自分?! ..分からない。 分からないけれど、私と社会に生きる人とは明らかに何かが違う。見たいものが違う。知りたいことが違う。
私には他の何もかもを置いて考え続けたいことがある。 仕事? 取り組んでいこう。生きるために必要だから。 食事? 睡眠? 大切にしていこう。健康な体が必要だから。 痛んだところは休めればいい。 傷ついた私は癒やしていけばいい。 38 歳。38 歳。私が生まれてから38 年という「時」が過ぎた。 通ってきた38 年。存在した38 年。忘れまい。そして思い出そう。 何があった? 虐待された。 何があった? 虐待した。 何を知った? 世の中には間違いがたくさんあるのだと・私に必要なものは、「今を生きる私」だけだと。 そして、最低限あればいいのは「生きることをする自分」だと。
死にたい? 死にたくない。 生きたい? 生きたい。「私は生きていきたい」。
社会とは違うものを求めている、ただ一人の「私」として。 「私」 自身の手の平で「私」 自身を温めて。
夜勤明け。久しぶりに自転車で出かけてみた。街路樹の赤い色。青い空に浮かぶ白い雲。太陽に向かって走った道の「黒いアスファルト」に、小さく光る無数の石。立ち寄った公園で見た女の子のピンク色の自転車。白く透き通ったススキの穂を背に走り回る子ども達。 穏やかな初冬の空で止まったままのように見える白い雲も、少しずつ動いているにちがいない。 現実はいつも瞬時に入れ替わり、そしていつも私の人生の一場面として繋がっている。私は次々と視界に入る現実の中で、「“生きる事をしている”自分」を確認し、再び赤い自転車を走らせた。9:00
さざんか 近所の公園 My bicycle
昨日私は、小さな女の子と触れ合う時間がありました。年齢は3歳くらいでしょうか。その小さな女の子は、こちらへ視線を向けながら私の周囲を回っていました。私はその動きを見守っていると、女の子は少しづつ私との距離を縮め、やがてその小さな指先と大人の私の指先が、初めはそっと、そして次にはリズムを取りながら触れ合いました。女の子の小さな指の感触が私の指へ・心へと温かく伝わりました。少しの時間を経て、女の子は私の膝へ座り、そして私が水を飲む様子をじっと眺めた後で、同じように小さな口に水を含んで飲みました。女の子の大きな瞳の奥に、無限に広がる好奇心が見えるような気がしました。女の子の「動きを見守っている」中で、彼女が何を欲しているのかを感じとれる事もありました。
この 「小さな女の子」 も、やがて 「大人」 へと成長するのですね。そして「自分」を確かめるために、「生きるとは何か」 を知るために、ありったけの好奇心を持ちながら、私たち大人を見つめているのですね。
私は、過去に子どもの傍に居たころ、自分に 「心」 があることも、子どもに 「心」 があることも、気が付かないまま生きていました。そして今は、「心を持った人間」 として、社会に存在する 「大人」 の一人として、 「今を生きる」 事をしています。私が「私」で居る為の大切な作業を続けながら...。16:00
サルビア
過去、自分の感情を殺して優しい人として生き延びていた私は、今 「柔らかく生きようとすること」 が 「安易に社会に巻き込まれる」 結果となるのなら、これから 「揺るぎない自分」 へと成長できる事を意識して、自分を見つめる作業を続けていくのだ。 私が 「揺るぎない自分」 を意識していくことは、私自身が “ごく自然に柔らかさをかもし出す女性” に成長していく事へと繋がっている。 一昨日見つけたカマキリが、今朝もまた同じ場所に止まってた。私の刺激に威嚇したその体勢が元には戻らない。この寒さの中では、 「カマキリ」 として生きては行かれぬのだろう。このカマキリはもうじき死ぬのだろう。カマキリは死ぬ時、私たち人間と同じように、ゆっくりと時間をかけて全体の機能を失ってゆくのだろうか。カマキリは死んだら何処へ行くのだろう。きっと土へ帰るのだな。私は死んだら何処へ行くのだろう。私も土へ帰るのだな。ふと視界に入った茶色い土の感触が、どこか懐かしい気さえする。雨に濡れて冷たい土も、どこか温かい気さえする。
冷たい風の中で身動きしないカマキリを見ていて、ふと思う。 死のうとした。 生きようとした。 生き延びようとした。 生き延びてきた。
そして今、「生きている」 これからも、 「生きていく」 過去はいつも、繋がっていた。そしてこれからも、繋がり続ける。「私」 の命がある限り、決して、途切れない。
Mamo 38歳。 生きていく「私」の土台は、どれほど固まってきたのだろう。私は、今はまだ不安定な「私」の土台を、自分の力で固めていく。21:00
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