「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2005年09月13日(火) やってみてごらん。きっと、だいじょうぶ。

 夕方「バッティングセンター」へ行きました。
一番はしのボックスの緑色の網をくぐったら、いつもと同じように機械にコインを入れ、いつもと同じようにバッターボックスに立ちました。けれども、「私の心」は違ってた。「心のある、自分を見ている私」としてそこに立ち、そして球を打つたびに「小さな確信」を持ちました。私が「自分をしっかりと見つめ考えながらやってきた素振り」は、時間と回数に関わらず「体に染み込んでいた」のかもしれません。ということは、私は野球に関しても、これまでと同じように取り組んでけば、ますます「私育てが楽しくなる」ということになりますよね。
「私は自分のために野球をやっている」のです。うれしいですね。

 「一人で生きようとしている私」を「面白い」と思います。「安定した環境の中で自分を育てていくこと」は、実際には「子どもの頃」に自然に出来ていたことのはず。けれども今私は「私を育てている」のです。それがとても楽しくて、ふわふわととろける様に心地よいのです。体の力がすっと抜け、そこにふんわりと浮いているようでもあるのです。こんな時には、心の底から「嬉しい」と思います。もっともっと「私育て」を楽しんでみましょうね。

「何でもやってみてごらん。きっと大丈夫」・「きっと、だいじょうぶ」


2005年09月12日(月) 変化

仕事。
 今日、あるお宅で介護をされている奥様は、「歩行訓練の時に立ち止まって動かない時には、主人はおしっこをしているのです。よく考えると歩きながらおしっこをする人は居ないのですよね。こちらが無理に何かをやらせようとすると駄目なんです」と話してくださいました。私は奥様のお話に「なるほど」と思いながら「小さな赤ちゃん」の事を連想していました。
 私は過去、子どもたちの欲求に気が付くことが出来ませんでしたが、赤ちゃんや小さなお子様にも同じ事が言えるのですよね。そして今は小さなお子様と関わる機会はありませんが、いつも「心を持った私」として利用者様と関わらせて頂いています。楽しみの延長にはいつも何かの発見があるのです。

 夕方、郵便局へ行き「ベトナムでお友達になっていただいた方々」へ手紙を出しました。合計3つの郵便物は全部で460円でした。海を越えた遠い場所へ運んでいただくのに、随分安いものですね。私は外国へ手紙を出すのは初めての事なので、「今日出した手紙」がいつごろどのような形で彼女たちの元へ届くのかと思うと、心が躍りました。
郵便局の帰りには素振りをしました。この頃はテーマを決めて取り組んでいる私です。まだまだ「ベトナム前よりもバットが重い」と感じます。そしてバットを水平に持ってみると、その位置のまま長く保ち続ける事が出来ませんし、バットの先は私の手よりも下がっているように見えるのです。という事は、バットの重さに負けているということになるのでしょうか。そして今は「筋力を付けること」をやっているところでもありますから、「基本を思い浮かべながらていねいに素振りをしていくこと」がいいのではないかと思います。そして、「腰を回転させられるようになれば腕は自然に付いてくる」はずなのですから、「いくつかのテーマ」を持って取り組んでいればいいですよね。こんな思いが当たっているのかどうか、はっきりとは分かりませんが、「続けている事」から「いろんな発見がある」事だけは確かですよね。
 私はもっともっと「野球を楽しむ私」になれますよ。私はもっと「変わっていく」のです。楽しみ楽しみ・・・。


2005年09月10日(土) 声・心・声

 仕事。今日は施設の女性利用者さんと病院受診に行きました。行き先は精神科。女性は数十年前に「統合失調症(精神分裂病)」の病名を持たされて、今日まで「幻聴」があるとしてお薬を服用されているのです。病院へ到着すると、女性は私よりも先に歩かれて通いなれた院内を案内して下さいました。大きな建物の一番奥に作られた「精神科外来」のスペースは、現在の私にとっても特別な場所として映りました。奥の扉から順番に診察医師の名前のカードがさげられ、掲示板コーナーには「うつ」や「幻覚幻聴」に関するセミナーの案内が貼られ、廊下に並んだ椅子は診察待ちの患者さんが座っていました。
 「過去にはこの場所に自分も居た」。そう思うと何か不思議な気持ちになりました。苦しかったあの頃を思い浮かべても「苦しいとは感じていない自分」。そして今日の私は「現実の光景」を輪の外から眺めているような感覚さえしています。今はもう、苦しい固定観念の社会とは違うところで生きている私。これからもきっと「心を持って生きる自分を意識して、社会にあるものとは違うもので、自分を伝えていく」のだと思えました。
 一時間以上の待ち時間の中、女性はご自身の声のことを語ってくださいました。私は「あなたは聞こえてくる声さんとお話をされるのですか?」とお尋ねすると、女性は「ううん。私は知らん振りしてる。でもよく聞こえてくるよ」と答えて下さいました。私が「そうですか…。それもいいですね」と言うと、女性は「いいの?へぇー」と仰いました。私がもう一度「いいと思いますよ」とお伝えすると、女性は「喧嘩はしないけれど知らん振り。そう仲良くもなれんけど、いいの?」と仰いました。話の最後、女性は「声は男。太いよ」と言われ、私の中に何か大きな衝動が走りました。小さい体で背中を丸めて歩く女性の耳に聞こえる男性の声。私の回りの、こんなに近くに、私と同じ経験をしている人が居る。これが今の社会のあり方ではないか。そう思わずには居られませんでした。
帰り際「彼氏と仲良くするね!」と仰った女性。初めてお手伝いさせていただいた私の、半ばぶしつけな質問に躊躇せずに答えてくださった事を心から嬉しいと思いました。私は自分を大切にして、さらに自分にあるものを大切にして、いつも自分として生きていこうと強く思った出来事でした。


2005年09月09日(金) 先の事

 仕事。今日は一人で利用者様のお宅へ出かけました。就職して一週間、ようやく「仕事の流れ」がつかめてきたような気がしています。いつも慌てずゆっくりとやって行くことが大切ですから、時間に余裕を持って取り組むよう意識しています。明日は病院受診のお手伝いをする予定です。これまで病院で働いてきた私が今度は病院へ受診される方のお手伝いをしようとしているのですから、何だか面白いですね。
 仕事を終えた後、「選挙」へ行ってきました。二日早めの投票です。区役所にはたくさんの方が私と同じ目的で訪れていました。他の方も私も「政治に参加している」のだと思うと嬉しくて、自然に微笑がこぼれました。ワクワクしながら記入を終えて、最後は昨年と同じように「投票済証」を頂いて会場を後にしました。長四角の「投票済証」は2枚目ですよ。こんなことも嬉しいですね。
 選挙の帰りには素振りをしました。どうやらベトナム旅行で運動を止めていた間に筋力が落ちてしまったようなので、元の状態に近づけるよう取り組んでいるところです。次の日曜日には2試合連続で行われる予定です。何が起きるでしょうか。楽しみですね。


2005年09月08日(木) ナイター 

 仕事。同僚の女性と2人で利用者様のお宅へあいさつ回りに出かけました。女性は私と同じ日に就職した女の子です。一軒のお宅の玄関先に「ベトナムで見たものと同じ花」が咲いているのを見つけました。一緒に居た女性が「私この花大好きなんです。かわいい!」と言いました。私は嬉しくなって、「ベトナムにも同じ花が咲いていたよ」とお伝えしました。日本では「七変化」や「ランタナ」の名前で知られていて、ベトナムでも「ランタナ」という呼び名が一般的なようです。写真のものは「ベトナムのもの」で、色は黄色と赤・オレンジ色のみでしたが、今日見かけたものは薄い桃色をしていました。又1つ、私のお気に入りの花が増えました。
 夜「ナイターゲーム」へ行ってきました。今日はオーストラリアから帰ってきたばかりの男の子も一緒でした。私は今日、今夜のナイターの為に朝とお昼休みの二回「グリップエンドを意識して」素振りをしたのです。結果はどうだったか…。しっかりウォーミングアップをして「試合開始前の挨拶」にも参加しました。今日は打席を2回頂き2度目のバッターボックスでは「押し出しファーボール」で「打点1」となりました。私は打席が二回回ってきたことも、塁に出られて事も心の底から「うれしいなぁ」と思いました。やはり野球は面白いですね。こちらの球場でもヒットを打ってみたいです。その為にどうするか・・。もちろん「練習していく」のです。明日は今日よりも早起きして、今日よりも10分早めに家を出て、しっかりと素振りをしてから仕事へ出かけましょう。新しい職場の近くを散策して、素振りがしやすい公園を見つけましょう。楽しみ楽しみ…。
ホーチミン市 グエンフェ通りで見つけた「ランタム」と「ちょうちょ」。時間を忘れて「ちょうちょ」と遊んでいました。ちょうちょの模様がきれいです。


2005年09月07日(水) 間違った観念

 今日はある女性利用者さんのお宅へ行きました。「精神的ケアと家事の手伝い」をテーマに2時間お手伝いをさせていただく予定でした。女性は42歳、主婦業をお持ちです。それから「躁うつ病」の病名を持たされています。 
今はご主人様と二人暮しをされていますが家の中は足の踏み場も無いほどゴミで溢れていて、何処から手をつければいいのかが分からないような状況でした。女性は最初、私と目をあわせようとなさらず、切れることなくお話をされ、少しお座りになっても落ち着かない様子でした。私は女性が一呼吸置かれれるのを待ってから「これから女性のお手伝いをさせて下さい。でも私に何か不都合があったら伝えて下さると嬉しいです」とお伝えしました。そして女性にお断りして台所の片付けに取り掛かりました。女性は途中何度か私の傍へ来られ一緒に洗い物をしながらお話をして下さいました。
「躁うつ病」という診断を付けられたのは14歳の年。以降42歳の今日までお薬を飲み続け、途中で2度自殺しようとなさった」と仰いました。台所の角に並べられた30センチくらいの缶箱4つの中には精神科のお薬が隙間無く詰められていました。会話の間に何度もお茶を飲まれ「喉が乾いて仕方が無い」と仰いました。私は自分にもあった過去を思い出しながら「そうですよね」とお返事させていただきました。
 女性が繰り返し語られた言葉は女性自身の母親とパートナーに対する思いでした。「母は妹を大事にして私を嫌っている。私が怒ると親戚は私におかしいと言う。主人とは離婚したいのに…」。私は、もしも女性に、心が理解される環境があれば、女性は今違った形で人生を歩んでいるだろうと思いました。それから私に出来ることは何だろうと考えました。私は何をしたらいいのか分からないので、まず、その女性と関わる自分を見ようと思いました。
 女性は私に趣味と血液型を尋ねて下さいました。私は「趣味の一番は本読みです。親から否定されて心が傷ついていて辛いから、その傷を癒やす勉強をしています」と返事をしました。血液型に関しては「A型ですが、私は血液型を一切信じていないのです」とお答えしました。女性が「なぜ?」と尋ねて下さったので「私という人間をたった4つの型にはめ込んでしまったら、私がかわいそうだもの」と言いました。女性は「何か・・Mamoさんは面白い人ね」と言いました。私は私を肯定されたことをうれしく思いました。
 掃除をしていると女性が何度も「丁寧ね。私の母は掃除をしない人だったから」と言いました。私は「教わっていないことは分からないままですよね」と言いました。
私は女性と話をしている間、何度か(このことを伝えてもいいことなの?)と自分に問いました。
2時間が過ぎて外に出たとき、いくつかの疑問が湧いてきました。心を持って人と接するとは? 心を持って仕事をしていくとは? 決して楽には見えなかった彼女の様子に自分の過去が重なってフラッシュバックしていたと思います。今、「今を生きている」と思っている私は本当に今を生きているだろうかと自分を見直さずには居られませんでした。今日の会話が良かったのかどうか、今も分かりません。でも、出来た分が出来た分だと思います。
 一日を終えた今、私は「いつもそこにある“心”を感じられるよう「自分に一番やさしい自分」を意識していこうと気持ちを新たにしました。これからも女性と関わらせていただく事になるであろう「私」・いつも「私を一番大切にする自分」を意識することにします。


2005年09月06日(火) 美しく・やさしい生き方

 今日は休日。昼間はベトナムの女性と一緒に日本語の勉強をさせていただきました。私は日本人として「やさしい日本語を丁寧にお伝えすること」を勉強させていただきました。女性たちが始めて聞く言葉に対して「何だろう」と耳を傾けている姿はとても「やさしく」見受けられました。そして机の上のテキストを見ながら「考えている表情」を「美しい」とも思いました。
 私もいつも「よく考える人」でありたい。その為に「心を持って生きる人」として「自分に一番やさしい人」として「よりよく生きていく」のです。 これからは「思ったこと」を「吟味」して「語っていこう」と思います。その為に、「自分の思い」に気付ける自分」を意識していくのです。

 夕方ベトナム女性のHさんと車に乗りました。Hさんは私にベトナム語をレクチャーしてくださった女性です。私はHさんのやさしい声が大好きなのですが、話の中でその事をお伝えしました。するとHさんは「Mamoさんの声もやさしいですよ」といって下さいました。嬉しいなと思いつつ、これから更に「やさしく丁寧に語っていける」よう、「傷を癒やしていこう」と強く思いました。
 家に着くまでの1時間、私は助手席に座っているHさんとの「距離の近さ」を感じながら、「日本という国で外国の方とこんなに近くでゆったりと話していること」を嬉しいと思いました。「国境を越えた心友」は「生まれた場所が違う」、ただそれだけのことではないかと心から感じます。

美しく・やさしい心で自分を見つめよう。


2005年09月04日(日) 軽くやさしく生きよう

 今日はベトナム女性の方々のバーベキューパーティーに参加させていただきました。ベトナムの女性が16人、日本人女性は私一人です。まるでベトナムに居るみたい・・・。皆さんは「私がベトナムへ行ってきた事」を知っていますから、口々に「ベトナムはどうでしたか?」と尋ねて下さいました。私は現地での出来事を語りながら、その時の気持ちを思い出して再び心が温かくなりました。
 皆でお肉を食べた後、川へ入って魚取りに挑戦しました。魚の大きさは手の指サイズ。足元は海とは違ってすべりがあります。慎重に足を運びながら網で救っていくのです。収穫は全部で30匹くらいでしょうか。川で遊べたことも魚が取れたことも、嬉しいなと思いました。そして今日も一日、自分にやさしく生きられたことを嬉しいなと思います。私はこれからもっともっと「軽くやさしく」なるのです。


2005年09月03日(土) ありのままの私

 育成会。
午後、資料「複数人格の私」 を元に、「私自身の心」を語らせて頂きました。今回は、これまでまとまりを持たなかった部分に取り組み纏めていく中で「いろんな自分に気が付かされました。例えば、「こんな自分だったんだ」「私ってこんな風になっていたんだ」・そして、「私自身が知らない部分はたくさんあるんだね」と。これらの気付きの全てが「次のステップ」になるのですよね。「自分を語ること」って面白いですね。

 今夜、私の心がいつもよりも軽いと感じられるのは 「ありのままの私」 を語る事が出来たから、かもしれません。
「“人格の事”を語る事が出来た自分」・・・よかったね。
「性の傷を持った私を語ることが出来た自分」・・・よかったね。
又1つ、私の中から重たいものがストンと落ちていきました。


2005年08月31日(水) Xin chao!

 昨日「ベトナム」から帰国しました。最初の予定から延泊して過ごした8日間の中で、実に多くの事を学ばせて頂きました。「嬉しかった」・「楽しかった」・その一つ一つの出来事を、そしてもっと深い部分で考えた 『生きるということ』 を、いずれここに書き残しておきたいと思っているのですが、今は 「育成会の中で自分を語る準備」 を優先しています。「自分の過去の傷」を知り、「今を生き」、そして「自分の未来を想定できる私」として、次の「新しい世界」に飛び込んでいる・・ということでいいのでしょうか。

 昨日夜にはバッテイングセンターへ行きました。10日以上素振りをお休みしていて、そして 「ベトナムの楽しさ」 と 「また行きたいなぁ」 を持ったままの自分でした。さて、どうなったでしょうか。結果は 「ノータッチ」 です。3ゲームの中でバットにボールを当てられたのは10本程度だったと思います。「原点」 を忘れると元にもどってしまうのですね。「心の事」 と同じですね。早速今日は公園で 「素振り」 をしてきました。もちろん、「基本のポイント」を意識して・・・。

 明日から初仕事です。何があるかな?楽しみですね。自分を大切にしてやさしく生きよう。私はこんな風に思える自分が「好き」です。 


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