「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2008年01月10日(木) 退職願

今朝は朝から大波小波。波を浴びてもそのあとに入り込んでいく私もいましたがやはり心は疲れました。
 午後、退職願を申し出ました。理由はこれまでの経過の続きが今でも行われているからです。
 院長は、過去にあった話し合いの結果から、私はそのうちに辞めるのではないかと思っていたそうです。私は院長にそのことを伝えられた時、話し合い後の日常のつらさが重なり、返事が出来ませんでした。
 けれども、急な申し出を受け入れてくれたのは、話し合いの日の結果を思ってのことかもしれません。

 退職日は二日後。いろんなことを感じながら続けてきたけれど、我慢が多かった。そしてもうすぐ終わります。


2008年01月09日(水) 子ども達からの手紙

 手紙が届きました。差出人の名前にびっくりして、2階の自室に上がるその短い階段を何度も踏み外しそうでした。
 手紙の主は、5年前に離れた次女と3女でした。
心臓が早鳴りして、封筒を開けるその両手も、大刻みに震えました。

最初は読んでも読んでも文字をなぞっているばかり。
3回くらい読んで、頭がコンヒューズしていることに気が付いて、封筒の中に手紙を戻しました。落ち着いて落ち着いてと部屋の中を歩きました。

 しばらくしてもう一度読みました。
ピンク色の文字から、元気だよとかごめんなさいとか少しばかりの生活の様子と心が伺えました。
 別れたとき、ひらがなと少しの漢字を覚えたばかりだった二人の手紙にはたくさんの漢字が並んでいました。私にとっての、時の流れた証でした。


 昨年末、ベトナム行きの日にちを決めた頃、もしも今子ども達から連絡が来たりしたらどうするんだろうと浮かべだことがありました。でも、そんなことが起きたらまるでドラマみたいだと、浮かべた自分を笑って終わりました。その光景が今ここに。

こんなことって本当にあるのですね。あの日からも生きていてくれてよかった。
そして私も、生きていたから今日という日がありました。
 
今夜は、子どもたちへのいろいろな思いを感じつつ、私はどう生きるかを、私を基準にして見ています。

未来への扉をどんな風に開けるのか。


2008年01月08日(火) 明かり

 今日は一番最初に職場に入ってみたくなって、いつもより早く出勤しました。ロッカーには先に来ている人がいて受付に患者さんはいたけれど、処置室の中はまだ真っ暗。電気のスイッチを入れて部屋に明かりが灯ったとき、小さな感動がありました。一番最初に入るのって案外面白いのですねぇ。…と感じられるのは、きっと誰かに言われてくるのではなく、自分の心に沸いた気持ちで動いたから。まるで小学校の教室に一番最初に入ったみたいな気分でした。そっか。もう部屋の隅っこで縮まっていなくてもいい。大丈夫なのだョ。それなら、病院の中で一番最初に行ってみたら、どんな感じなのかな。

 昼休みには昨日の続き。職場での出来事をまとめました。いろんなことは、もう済んだこと・過去のことなのだなぁ・そして今もまだ続いているのだなぁ。でも、私は昨日より一昨日より成長しています。動けるって大切なことだったのだなぁ、というのが今夜の私の気持ちです。
 夜遅く、Citybankに電話をして気になっていることが解決するよう話をしました。やっぱり動けることって大切なことでした。
眠たい目をもう少しお待たせして、単語の練習をしてから、おやすみMamo。


2008年01月07日(月) 名もあるもの

 本当に大切なテーマを持って仕事に行きました。年明けも私の事情は厳しかった。けれど今日は本書きの材料のために世の中を取材することを意識しました。
 新しい年になり、新しいナースシューズを下ろして踵のところに、Mamoと名前を書きました。本名とは離れているから、きっと職場の誰にも意味は分からない私にだけ分かる名前です。5年前からずーっと大切にしてきた名前。今は特に、この名前を持つ私を大切に感じます。
 
 昼休みに、ベトナムへ電話をして友人に学生ビザの手続きを頼みました。これで動きが始まります。何を躊躇して今まで止めていたのだろう。
 それから、CitybankのCardが届きました。ここに入金すると世界中で使える便利なもの。日本で一度試してみようっと。

 夜、これまでの経過を一枚用紙にまとめる作業をしました。まだ途中。日にちが経ったせいなのか次々とあるせいか最初の頃にあったことは小さくなっていて、そういえばこんなことがあったんだという気持ちにもなりました。退職する日をいつにしようかと大体の予定を立てたから、その日まで自分を見つめて、次のことが出来る私を意識します。私は私の未来が大切だから。
 
 


2008年01月06日(日) モード

 午前中に、昨日の育成会のTapeおこしをしました。パワー・モラルハラスメントのプリントを読み直しているうちに、このことについてもっと知りたくなって、ネットでお散歩しました。
 私の感じていたことは社会のあちこちで起きている現象のようです。もっと自信を持って自分を生きよう。現実と対峙します。

 夜、ベトフレンドに電話をしました。今日は今までで一番長く新しい単語とセンテンスを使いましたョ。少し淋しいと言うお友達にどうして?とベトナム語で。ベトナム語を使えばベトナム語で返してくれるから嬉しかったです。
 お友達に「ベトナムでどんな本を書くの?」と尋ねられました。私の書きたいことを日本語で語ってみたら、受話器の向こうから「???」が聞こえてきました。それで、今度は机の前に貼っているベトナム語“私はこんな本を書きたい”をそのまま棒読みしてみたら、一度で伝わりました。相手の方がベトナム人でよかった…。
 毎日勉強しているョと言ったら、お互いに日本語とベトナム語を使えるように勉強しましょうねぇと言うことになって、今日の電話は終わりました。


 土曜日は疲れて仕事に行かれませんでした。だから明日は今年の仕事始めです。今日の私を大切にして、行ってきます。先を歩くモードでね。
**〜Xin mơi lai ghé thăm trang Bóng chày nhé〜**


2008年01月04日(金) こんなに成長したよ

 今日は男の子のお友達と遊ぶ約束をしていたので、午前中遊びに行きました。出かける準備をしているときから、楽しい思い出が出来そうな予感がして心はルンルン♪でした。そしてやっぱり、公園でメジロを見つけてそーっと近づいたり葉っぱを回して遊んだり楽しかった。お友達の家に入れてもらったら部屋の中はお日様でポッカポカ。もう一人の女の子のお友達も一緒に遊びました。差し込む太陽のぬくもりと心の温かさがいっしょになってぽっかぽかしながら、心の話をしました。こんなに近くにやさしい空間。私もだんだん、人に近づいているみたい。今日もまた初めての体験を大切にします。
 午後は、Skype電話を体験してみました。私から電話をかけたらパソコンの向こうにいる相手とつながった。感動の一瞬でした。これで世界中の人と話が出来るの…。でもどうして無料なんだろう。不思議だなぁ。
 夕方は、ベトフレンド(ヴェトナム人の友人)2人と電話で話をしました。あけましておめでと〜を日本語とベトナム語で交換しました。皆さん県外のあちこちにお友達がいるそうで、自由に動いて遊んでいる様子を楽しく聞きました。そして私はベトナム語を。
 反復して勉強することと出来ていく自分にささやかな喜びを味わっている今日この頃。私は勉強するということをして楽しんでいる自分をもっと応援したい。そうしているうちに単語が増えて心も満足行動範囲も広がっていくから、一石四鳥くらいです。
 ということで午後はほぼ一日勉強していた私。単語カードがいっぱい増えて喜んでいます。

 明日は仕事始まり。休み中の気付きから、成長した自分がどんなであるかを見に行く明日を楽しみにしています。
 昨日は夜遅くに残念な出来事があり、死ぬまで眠りたい思いで布団に入りました。そして今夜、残念さは仕事と関連しているのかと紐解いてみたら違ってた。だって、出来ている部分があって、そんな自分を見てみたいと楽しみにしている私がいるのだもの。よかったよかった。人間らしく生きたい。人間らしく生きよう。

 書くということ。
 2007年8月、ヴェトナム旅行記を書いたときから、決めたことがあります。それは、作家の自分を育てるために頂いた文章校正や情報などをプラスに活用するということ。このとき、過去に暴力と否定の中で書き続けていた過去の私から素直な私が生まれました。なりたい自分のために改革が必要だと、心から望む私でした。
 そして変わらず日記を書きつづけている私。ときどき書いたものを読み返しては恥ずかしくなったり、あとからプレッシャーを感じて削除してしまったり、時には聞いたことを忘れてしまったりすることがあります。でも、8月に生まれたなりたい私の姿勢はいつも同じ。気が付けば、アドバイスをマイナスに捉えることは思い浮かびもしなくなりました。指摘されることを恥ずかしいとかいやだと感じる私はもう、ずいぶん成長したみたい。うれしいうれしい。指摘されることで文章を消したりすることは今までもこれからもあり得ません。
 改めてこんなことを書いてみたのは、私は作家として成長しようと心に感じた自分の心地よさを覚えているからです。そして成長したいと感じられるまでに成長した自分を信頼していて、いつも応援したいから。それから、変わりたいと感じた自分が今生きていることが嬉しいから。そして私は、こんな私の幹を大切にできる環境を大切にします。


2008年01月03日(木) 景色

 朝、テレビで日本の自然百景という番組を見ました。沖縄石垣島の海はとてもきれい。魚のお目目はどうしてあんなにかわいいのかしら。クマノミちゃんとお話したいなぁ。それから、日本にあるマングローブ地帯も。潮が引いたときと満ちているときの違いは不思議な世界。日本にも多くの自然が残っているのを改めて知りました。
 この頃は京都議定書・地球の温暖化を防ぐ取り組みに協力・参加したいと感じる私です。今あるものを大切にする生き方をしよう。
 テレビで見た景色がどこにあるのか知りたくて世界地図を見ました。この年齢になってようやく世界の国々に心を向けることが出来るようになったのです。日本の沖縄にはヤンバルクイナの生息地があったのですねえ。私は西で生まれて北上移動してきたのですが、沖縄には行ったことがありません。いろんなところに行ってみたいです。
 夕方嬉しいことがありました。昨日約束待ちを楽しんだお友達から連絡が来たのです。私の初の試みの1つは私にとって大切な経験になりました。やさしい関係は大切にしたいです。よかったよかったよかった。
 嬉しさの延長で空を眺めたら、白い雲の間からきれいな星が見えました。きれいだったなぁ。
 自分に楽な方を大切にしようっと。今日も意味のある一日でした。よかったよかった。


2008年01月02日(水) ぬくぬくVui Vui

 去年の年末からHPを追加する作業をしました。
 野球のことは最後の日のことを書いておきたかったので、本書き留学前にしておきたかったことが1つ出来てよかった。
 満足感のあと、今日はいろんなことをしました。数独で遊んでベトナム語を勉強して、本を読んで、タピオカ入りのココナッツミルクも作りました。楽しかったおいしかった。
 午後は新しいグローブを持って自転車を押して歩きながら公園に行きました。体はボールを投げる感触を覚えてて、お日様をいっぱい浴びて楽しい時間でした。
  
 夜、前から気になっていた本『子どもの参画』(ロジャー・ハート著)を、最初の方だけですが読みました。監修を行った日本人男性は日本という国に対して、上辺だけを…というような辛めのコメントを書いていて、同感しました。子どもとか大人とか又は年齢や性別に関わらず、人は人で。上下関係や服従や支配から開放された楽な社会になればと切望します。
 本の中にファシリテーターという言葉がありました。今では心に馴染んだ言葉だけれど、改めて、私もファシリテイターになりたいと感じます。私自身のファシリテイターに。
 思えば昨年後半は、自分の地図を大切にしようとしています。だから今があるのかもしれません。

 それと、昨晩からひとつ新しいことをしていました。昨晩私はお友達に、明日遊びたいよとメールで声をかけたのです。名古屋へ来て6年目を前に、始めてしてみたことの1つ。連絡は来るかな来ないかな?と待ち時間を楽しみつつ、独りで遊んでいる自分は不思議でした。
 それからそれから…。一日ずつ近づいている環境の変化に伴っていろいろと感じることがあり、部屋に差し込む日差しのあたたかさにぬくぬくしながら、今を感じた今日。年の瀬の休みから4日目。今日はこの休みの中で最も、面白さを感じた一日だったのですVui qua!


2007年12月30日(日) 学びの場所

 小原村にある研修生さんの寮へ遊びに行きました。女の子4人が笑顔で迎えてくれました。私のほうは、この頃勉強時間が伸びた分だけボキャブラリーも増えたのですョ。それで、覚えたばかりのベトナム語を並べて出来るだけの話をしました。
 来年春、ベトナムへ行くことを伝えました。本を書く自分と大学へ通うことも。
「ベトナム語を勉強する目的は何?」と尋ねられて皆さんと話がしたいからと答えたら、「それだけで?仕事のために勉強するのではないの?」と不思議そう。
 そうです。今のところは仕事のためではありません。私は自分が生きる国の言葉で自分を語り合いたいから。どこの国の人とも心を語りたいからなのです。

 それにしても、女の子達の素直さが嬉しかった。
素直は素直を呼ぶそうです。私はいつも素直な自分を大切にします。


2007年12月29日(土) 繊維

 今日からお正月休み。ホッと一息の時間を利用してもっと自分を見つめたいのです。
 仕事を、もう辞めようもう辞めようと言いながら、それでも、もう一日もう一回行ってから辞めようと行き続けてとうとう年末まで働きました。思い返してみると、辞めたい自分を知っていながら行ってみる自分はちょっと面白いですね。きっとその都度何かを発見できたからだと思います。
 そして今日もまたひとつ大きな発見をしました。それは父のこと。根っこの、小さな繊維を1つ繋げてあげた気持ちです。
 それから、看護師というプロとして出来たこともありました。
私は注射が出来るとか包帯が巻けるとかそんなことよりも大切なことを、体に心にやさしい方法を語れてた。
 そして自分自身として出来たことも。自分を守ってあげること。そして自分を見つめて生きること。すべてがここから始まっていたのですね。

 
 今日はこんな私の心に決めたことがあります。
心のある看護師になる。もう、そんな風に決めました。新たな、新しく生まれたような“なりたい私”です。

 今日まで、自分と向き合ってきてよかった。ね、Mamoちゃん。
小さな世界から、病院が・医療が・日本が世界が変わればいいな。


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