「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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久しぶりの授業。今日は、「私は何人兄弟です」の練習をしました。日本語だと簡単ですよ〜。でもベトナム語になると…。それでも、耳を済ませて聞いているうちに、日本の言い方に似ているなぁと思えるようになりました。ですが、すぐに言えるかというと、そうでもないのですねぇ〜。 だから、わかりやすいように、ノートの端に手の指の絵を書いておきました。
午後はまとめと昼寝をしました。
修理に出していたエアコンが朝 10 時に届くことになっていたので、まとめをしながら待ちました。ところが 13 時になっても届かず。大家さんに連絡してみると 15 時になるということでした。基本的に家に居るのでいいのですが、これでいいのかなぁ?の疑問が沸きました。考えているよりも外に出たくなってきたので、15 時までの1時間、散歩に出ました。 約束の時間に遅れまいと家に戻ってきたとき、大家さんから連絡が入り、エアコンは 17 時になると言われました。せっかく戻ってきたのに。これではエアコンのために家に居るようだと、いやな気持ちになってきました。それに、私の目は「まだ疲れているよ」と言っていますから、パソコンを開く気持ちになりません。 そこへ、大家さんの方から「もしよければ、私が留守番をしましょうか?」と提案してくださったので、利用させていただくことにしました。出かける準備をして、待っていた大家さんに「明日の朝までには戻ります」と言ったら、大家さんは目を真ん丸くして、それから「ごゆっくり」と言いました。 今度は、次の候補にしようと思っている大学方面に自転車を走らせたら、見覚えのある建物が見えてきて、一人歓声を上げました。それは、いつも家の屋上から見ている、うすピンク色のマンションだったのです。意外な出会いに感激し、偶然の喜びを持って家に帰りました。 エアコンは無事に家に戻りました。よかったよかった。
いろいろあって、疲れました。それから、開放感もあります。
そういえば、私には、私の地図がありました。地図の中に、ここより先には過去のこというラインがあります。それから小さなターニングポイントもあります。いつも成長を続けて、成長した自分を感じて成長の糧にしたいです。
そういえば、「いつも自分を見ていると、自分を一番大切に出来る」というベトナム語を作りました。どこかで使ってみたいです。
| 2008年05月26日(月) |
Writer の育ち |
先日、面白いことをしてみました。それは何かというと、この数日間の日記を Word で添削にかけてみたのです。そうしたら、添削されないまま結果が出てきたのです。Word機能がおかしくなったのかとあちこち触ってみましたが、変わりません。ところが、ふと目に留まった3年前の日記をかけてみたら、今度は、「添削が多すぎて追いつきません」と出てきたのです。今の文章は3年前よりもシンプルに成長していたのですねぇ。 添削の数と読みやすさは別の問題ですが、いろいろとしているうちに、少しずつ出来ていくのだなぁと感心しました。そして過去の文章の解りにくさに一人苦笑いもしました。 ついでに、「である調」の文章を「ですます調」に変えてみたら、すっきりしている文章は、文の最後だけ取り替えてもそのまま馴染んだように思えました。ということは、形にとらわれず、中身をシンプルにまとめることをしていていいのかな。いろいろと試している自分は面白いです。文章書きを楽しんでいるのですよねぇ。
朝、8時ごろからまとめをした。2時間経って10時すぎ、目がしょぼしょぼしてきて外に出たほうがいいと感じた。ところが、ここ数日ホーチミンは暑さが厳しくて体はびっくりしているから、屋上に上がって遠くの景色を眺めることにした。 すぐそばに Ky Hoa 公園の観覧車。ずっと向こうにピンク色のマンションが見える。あのあたりは何区かなぁと考えていたらやっぱり外に出たくなり、池のある公園に向かって自転車をこいだ。 ところが、公園のそばまで来たとき、あることに気が付いた。いつもは、道を走るとき、安全に走ることに集中しているのに、今日は自転車をこぎながら心のことを回想できている。これなら自転車から降りて座らなくても大丈夫だと、駐輪代を払うよりも散策することにして、のんびり自転車をこいだ。 約2時間後、自宅に戻って昼ごはんを食べて、再びまとめの作業へ。1時間くらい後、飽きがきてベッドに転がったら、カーテン代わりの白い布が視界に入った。風に揺れて泳ぐ様子を見ているうちに、布の端をきれいに縫いたくなったので、裁縫道具を取り出した。針と糸は先日小さな商店で 3000 ドンで買った私のお気に入りだ。 30分 くらい遊んで、再びまとめモードに入り、夕方まで机に座っていた。 今日は、合計5時間くらい机に座っていたかな。8時間には追いつかなかったけれど、5時間でも、お尻が痛くならなかった。
夜はウェイトをつけて、スーパーへ洗剤を買いに行き、この間もらった200ドンを使ってお金を払った。 帰りにブンチャーと生春巻きを1個食べて、帰ってきた。 それにしても、ベトナム料理を食べたあと、(いつもベトナム料理なのです…)甘いものや炭酸がほしくなる。私は、いつも時間がたてば切り替わるので、自分を待てるけれど、今日はいつまでも欲求が収まらず、カボスのジュースを2杯も飲んだ。 ベトナムの外食では、ご飯のときに飲み物を頼む習慣があるけれど、私と同じ気持ちかな。香辛料がなければ、甘いものはほしくならないのかな。
先週の日曜日のこと。昼間にパン屋さんで出会った男の子から、夜になってメールが届いた。私はアドレスを交換したことを覚えていなかったから、彼が何故私の番号を知っているのか、自分はいつの間に彼に番号を伝えたのか、不思議だった。 その記憶をたどっていくと、私はその日、分からなかった文法を分かりやすく説明してもらったことで助かっていた。この頃授業が分かりつらくなっていたから、(この人が先生だったらいいなー)と思ったくらいだった。一方、彼は日本語を勉強したくて大学に行ったけれど難しくて断念した人で、しかし自分は日本語を勉強したいと言った。ということで、私たちはお互いに利用しあおうという意見で一致し電話番号を交換していた。 もう一つの不思議は、私の記憶が抜けていたことだった。自分がなぜそうなったのかを探ってみたら、私の中に、その男の子とつながりを持つことをいやだと感じる私がいたからだ。 不思議は明らかになり、どっちの自分も、自分の感じたものだからいいけれど、もう一度、自分の気持ちを確かめた。 ここへ来てから、まだ3ヶ月だけれど、いろんな人に出会った。当初、携帯電話が使えるうれしさも手伝って、男の子とも女の子とも電話番号を交換した。しかし、私から連絡することはほとんどない。メールを送ってくる彼にも、返事を返すことより、まとめ作業をすることの方が大切だった。 これらのことから、今の動きは、過去のこととは違うというのだから、もっと楽に、自分を信じてもいいのだということになった。 それで、 「土曜日はプールに行く」 と言ったら彼も来ると言うので、私達はプールで会うことにした。彼は今朝、私を迎えに行こうかと電話をくれたけれど、私は自分で行きたかったので、遠慮した。 そのプールは、彼は始めての場所で、私のほうは番地も場所もアバウトに伝えたから、出会えないかもしれないけれど、それもどっちも良かった。 運よく出会った私たちは、話をしているよりもそれぞれのペースで泳いでいる時間のほうが長かった。ベトナム語は耳を済ませて聞いた。 ところで、私には、彼に伝えたいことがあった。それは、自分は今本を書いていて、毎日そのことに時間を使っていることだった。 お昼を過ぎた頃、「Mamoはいつも一人で動いてすごいねぇ」と言う彼に、「帰り道も分かるよー」と笑って家に戻った。 夕方、進んだまとめを見て安心した。ベトナムの人と話すと言葉は上手になる。でも、今一番したいことは、自分の書いてきたものをまとめることだ。私は、心の本が出来上がるまでは、今日の路線を大切にしたい。
余談ですが、私は 50 メートルを平泳ぎで泳げるようになっていました。いつの間にー。水と仲良くすると、いくらも泳げるようになるのかなー。
昨日の壁投げが効いて、朝から体のあちこちが心地よく痛みました。が、自転車こぎにはつらかったのです…。 学校ではこんな出来事がありました。授業の中で文章を暗記して読むレッスンがあるのですが、私は覚えられなくて大変なのです。覚えられないのには、文章をそのまま言うことが出来るとどんな効果があるのか分からないことも理由の一つだと思います。 それなのに、今日の文章は前回よりも長くて大変で、ついに私は、Teacherに 「私は今日は出来ません。文章が長くて難しいのです。ごめんなさい」 と言いました。Teacher は 「いいですよ」 と言いました。肯定されてホッとしました。言葉に出来てよかったです。 でも、あとから、どんな効果があるのか知らないままやめるのはもったいないので、それをするのは何故かを質問してみればよかったとも思いました。 学校が終わって、久しぶりにベトナムの友人と会ったら、前よりも言葉がスムーズに出来るようになっているのが分かってうれしくなりました。
午後はまとめをしましたが、体が火照っているせいか、あまり進みませんでした。そんな中でも感じたことがあって、日記には書きたいことを書いているのだなぁ。表現したい気持ちを書いているのだなぁと改めて感じた日でした。
今日こそは広いところでボールを投げたいと、夕方、Ky Hoa 公園へ出かけた。 公園の中にはテニスコートとサッカーグランドとプールなどのスポーツ施設がある。その一角に私の身長ほどの壁があって、ちょっとした空き地になっている。空き地は夜になるとレストランの駐輪場になるから、そこで遊んでいいかどうか分からないけれど、止められるまでしてみることにした。 壁の向こうはプールだ。ボールがプールサイドに入ってしまわないよう、低めに投げ始めたら、体はボールを投げる時の動きを覚えていた。 途中で、中学生の女の子が、一緒に遊びたいと言ってきた。「こちらこそ」。 彼女は素手がいいと言ったので、私は高くゆるくボールを投げた。 帰りに「明日も遊んでるの?」と聞かれて、「たぶん。でも分からないの」と答えた。私の頭には、「今度はグローブを二つ持ってこよう」とひらめいていた。
家へ向かうとき、こんなことを思った。 ボールで遊んだ私も 41 歳・子どもが4人居る私なんだ。 この瞬間の私は、あるときから切り離された私ではなくて、人生の経過の中で生きている私。この感覚を覚えておきたい。今日の私も、私の全身に沁みこませた。
最近、文章の書き方を変化させて楽しんでいます。 ある文章の形を表現するときには、「ですます調」・「である調」の二通りに分けるそうです。他に「敬体」・「常体」や「ていねい体」・「ふつう体」とも言うそうですが、前者は表現が難しいので、使う人は少ないそうです。プチ Writer の私も、後者の方がやさしく感じました。 それぞれのメリットは、「ふつう体」ではリズミカルなテンポを、「ていねい体」ではやわらかさを読む側に感じてもらえることだそうです。私は、リズムとやわらかさとどちらも取り入れて書くことが出来るようになりたいと思いました。 ちなみに、ひとつの読み物の中に、「ですます」と「である」は Mix になってもいいそうです。私の過去の文章では、これが混在しがちだったので安心しました。 ただし、過去と現在の時制が混ざっていると読みつらいので、こちらの区別は大切にしています。 ところで、一人の人の書いた文章は、その人のものなのですねぇ。著作権とはこういうところから生まれていたのですねぇ。そして、そのその持ち主さんはどんな形にも広げることが出来るということなのですねぇ。以前聞いたことはありましたが、今日改めて、新しい知識を得た気分です。 そして、過去はつらさから逃れるために書いていたのに、今は書くことを楽しんでいる自分もうれしいです。
久しぶりにスーパーへ買いものに行った。 久しぶりなのには理由がある。スーパーで買い物をすると、おつりがあめ玉に変わることが多いからだ。 ベトナムでは、日常、100 ドンという単位は切り捨てられることが多い。そのせいか、市場や小さいお店では 値段の最小は 500 ドンだ。その 500 ドンを、持っている小銭を合わせて払おうとして断られたこともある。 一方、スーパーでは、 900 ドンから 100 ドンまでの、奇数の値段が多い。スーパーでは 100 ドンも大切なのだ。ところが、おつりはあめ玉になることが多い。500 ドンもあめ玉になる。先日、1000 ドンがあめ玉に変わってしまったことがあって、そのときは、スーパーに大切なものをあげてしまったようで、いやな気持ちがした。私は次の買い物のためにもおつりをていねいに受けとりたいのだ。 ちなみに、200 ドンは5回貯まると 1000 ドンになる。1000 ドンあれば、大学に自転車を2回あずけられる。小さなおやつが一つ買える。以前、お金がないからお昼を食べないという人に会ったことがあるけれど、その人は 1000 ドンあればお腹を満たすことも出来る。 というように、おつりのあめ玉と自分の日常を照らし合わせているうちに、スーパーに行かないことをしようと思いついたのだ。 ところが、欲しいものがそろって便利なのがスーパーだ。だから私は、スーパーへ行ったときには 1000 ドンからの値段で買い物をし、おつりを受け取れないときは品物を返品し、工夫して楽しんできた。 おつりを大切にしてくれる店員さんとの出会いもあった。今日は、その店員さんと、始めて話をした。安心して会計をお願いできるお店の人。楽しむ工夫をしてきてよかった。 手渡しされた 200 ドンを手にあたたかい気持ちで家路に着いた。
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