「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2008年09月20日(土) 琴線

 昨晩ベッドの上で独り言を ICレコーダーに録音した。以前もしたことがあるけれど、当時は苦しみばかりを語った。今は違うことを語っている。自分の言葉に口元が緩んで、暗闇で何度も聞きなおした。朝になり、ICレコーダーの自分の声のテキスト化をパソコンに手伝ってもらおうとしたけれど、音声認識がうまくいかないのであきらめた。
 日中は一日中まとめ。感じたことを大切にして一行一行丁寧に切ったり張ったりする中で、昨日より纏まった文章が出来ていくのが嬉しい。
首をかしげる文章も、何度も読み返していると、「こっちだよ。あっちだよ」 と感性が知らせてくれる。現実が少ないN1文章は全体の3割くらいになるのかな。
 今月いっぱいはこの作業になりそうな予感。目は疲れるけど楽しい。それから、纏まったページの上と下に、今の気持ちを書いたらつなぎになった。初めてのことだから、あくまで “感” だけど、きっとそうだと思う。
 
 夕方、一昨日の市場に買い物に行った。着いたら大雨が降ってきて、狭い路地が雨を避ける人でいっぱいになった。そのうえ、テントの屋根にたまった雨水が私の左半身にバシャン!と落ちてきて、左半身がびしょぬれになった。でも、雨は自然の水だから、気にはならない。
サンダルとパンツ3枚と上着とTシャツを買って全部で750 円くらい。こられをスーパーで買うと、全部で2500 円くらいだから、安く済んでよかったな。


2008年09月19日(金) 旅のエピソード

 目が疲れ気味。目の休養を兼ねてサイゴン駅へ行ってみた。駅はバータンハイ通りを歩いて20分くらいのところにある。
 観覧用の時刻表には何種類かの列車の値段がある。ガラスの向こうには発車を待つ列車が止まっている。やっぱり乗りたいな。行きたい町がある。引越しすると駅から遠くなるから、今のうちがいいな。そんなことを思いながら構内を一周した。
 それから、聞きたいことがあって案内カウンターに向かった。ところがこの時、私の中でハプニングが起きる。
 持ち帰り用パンフレットの中の出発時刻が構内で聞いたものと違っている。カウンターの女性に声を掛けると、女性は顔を上げた。女性は私が全部言い終わる前に、「どこにいつ行きたいの?」と尋ねてきた。「明日ここに行きたい」。私は例えを使って答えた。始めて聞く単語なのか頭の中が日本語モードなのか、何度か聞きなおしてやっと理解する私。やはりパンフレットの記載と女性の話は違っている。パンフレットが古いのなら持ち帰れない。再び尋ね始めると、女性は私が言い終わらないうちに、彼女の持っているペンで私の持っているパンフレットをはじき、パンフレットは床に落ちた。それから「明日、○時。○ドン」。そう言って、用は終わったというように、椅子に座った。私は彼女の声を聞きとるのに一生懸命で弾かれたパンフレットを追いかけられない。ただ、「解りました。」と答えた。
他にも聞きたいことがあるけれど、この女性に聞く気持ちになれない。隣に座る別の女性に、今度は同じことが起きないよう、「私のベトナム語、解りますか?」と一言ずつ確認しながら聞いた。女性は私が言い終わるのを待って、それから答えてくれた。「ありがとう。よくわかりました」。伝える自分は、最初の女性を気にしながらの精一杯の反論だった。

 床に落ちたパンフレットをまたいで駅を出た。けれど、数歩進んだところで今の光景が浮かんできた。そういえば、パンフレットをまたぐ瞬間に弾かれた時の戸惑いが心に触れた。私は乱暴にされたのではないかな。悪いことはしていないのに。
 怒りが沸いてきた。と同時に自分の戸惑いを却下した自分も思い出した。このままではいけない。私はノートをちぎって自分の気持ちを書いた。

「あなたの説明はひとつもわかりませんでした。」
 いいか悪いか解らない。大人気ないかもしれない。でも、たぶん言っても丁寧に聞いては貰えないから、紙に書いて渡した。それから、もう隣の女性にもう一度同じことを聞いた。
 出口に向かいカウンターを背にして、心臓が高鳴る。悪いことをしたかな。でも、私は悪くない。いつもの3倍くらい大股歩きの気持ちで駅から出た。

 帰り道に考える。怒りの原因。私が怒りを感じたのは、女性の行動が、子どもの頃母にされたことと似ていたからだった。
 このあと考えたのは 「女性が私にそうしたのは何故だろう?」。けれど、しばらくすると、考える方法が違っているのに気付いた。
子どもの頃、痛い思いをするとき、いつも 「母はどうしてそうするのだろう。どうしてだろう」 と考えた。そして 「自分が生きているからいけないんだ」 と言い聞かせた。おかげで今も、腑に落ちないことがあると、他者がそうする理由を探そうとすることがある。だけど、やっぱりこれは違う。

 他者は他者の行動をした。それに対して自分が何かを感じる。今回は怒りを感じた。“ムッ!” そうそう。これでいいはず。
 “ムッ!”を瞬間にキャッチできたら、たとえば乱暴だけど、弾かれたパンフレットを投げ返すことだって出来る。または、男の人に体を触られた時、反射的に返すことが出来る。私はもっと自分の感覚を大切に出来ると、もっと自分を守れるようになる。

 この国には、私の心を語れる人も居る。日本で経験しなかったような乱暴な人も居る。旅行に来ているときには、旅行者として大切にされる。それは、この国の貯金のお手伝いをする外国人だからだろう。長く生活すると違ってくる。マスクの中で 「どうして!」 と叫ぶこともある。だけど、旅行に来ている時にはない経験が出来るから、人生という旅のエピソードになる。
 これからも、日々のきっかけを利用してチャイルドを癒やしているうちに、抑制することも切り替えも、もっと上手になるだろう。

 こんなことを書いていて、一昨日のことを思い出す。一昨日のメモ書きにこの一節がある。

 「怒り」
 髪の毛をいじる癖。それは子どもの頃、怒りを感じまいとする自分が始めたことだった。
意地悪をされ、自己を否定されることへの正当な怒り。その怒りを、子どもの頃の私は、髪の毛をくるくるいじるという行為に変えて、感じまいとした。癖は大人になっても続いた。
 こぶしを握り締めてみた。たしか、昔、このこぶしを壁にぶつけた。指の付け根はいつも赤くなった。
すぐそこに壁がある。握ったこぶしで壁を叩くように、軽くなでてみる。
その時、「ゆかり」が浮かんだ。
男の人は、私に乱暴をした。「ゆかり」はいつも怒ってたんだ。「ゆかり」、ごめんね。 

 その時、声がした。「Naokoさん、怒ってもよかったんだよ」。私の感じるものを肯定する人。ありのままを肯定してくれる大人。Mamo。
「私は怒ってもよかったんだ」。「私は今、怒ってるんだ」。始めて感じる感情。怒り。
 泣いてばかりの自分は知っていた。けれど、怒りを感じる自分は始めて。きっと、子どもの頃最初に感じていたのは、ありのままを否定されたことに対する純粋な怒りだろう。
体から力が抜けた。それから、こんなことを思う。
「いろんなとき、怒りをそのまま感じていたら、私はきっと、人を殺した」。
私の変わりに、母への怒りを感じ続けてくれた人。「Alari」。「Akari」は母を殺そうとした。
それに、怒りは抑圧されると歪みにもなる。歪んだ自分は歪められた自分だったんだ。「あなたは悪くなかったよ。誰も悪くなかったよ。」


 メモを読んだ後、あることが閃いた。
現実にメモを残したN1さんをチャイルドと捉えたらどうかな。チャイルドに怒りを許可出来た私。それは私の出来たこと。そして、今日の気付きにつながったのかもしれない。私はもっと自分を肯定して、いつも自分を見つめる大人に育とう。

 サイゴン駅


2008年09月18日(木) 格安市場

 夕ご飯を食べた後、外の空気を吸いたくなって散歩に出た。バータンハイ通りを10分歩くと、夜中まで開いている市場がある。前に一度行ったことがあるけれど、その時は開店前で、人は少なかった。今日は前回とは比較にならないくらいの混雑。
 商品はどれも、ベンタイン市場とは比べ物にならないくらい安い。Tシャツは約 70円。靴は 650円くらい。食べ物と飲み物も売っている。私にとっては、ベンタイン市場よりもお勧めの場所になった。
 今日は何も買わない計画。でも長袖のウェアに穴が開いたから、今度は買い物をしに来てみようと、ウォッチングを楽しんで家に帰った。


2008年09月17日(水) 思わぬことが起きたら

 出かけた先で豆乳を買う。よく行くお店でおなじみさん。ところが今日は、お店の男の子は私に高い値段を表示し、私は値上がりしたという言葉の通りお金を渡した。傍にいたお母さんからお金が戻ってきたので、高値を言われたとすぐに気が付いた。
嘘を付いたの? 男の子と目が合った。男の子は苦笑いした。
 事情を知らないお母さんが、「これはこの値段だよ」 とさらに私に説明してくれる。私が「あの子は私にこの値段だと言ったよ」 と言うと、男の子は又苦笑い。お母さんも苦笑い。こんな時のベトナム語は準備していない。 「君は、よくないことを言ったよ」 と言って、その場を離れた。
 男の子は小学校低学年くらい。その子が人をだまそうとすることを知っている。大人をだませることを知っている。怒りよりも、気の毒な気持ちになった。私は、子どもは大人のすることを見ていると思う。子どもが嘘を付くのは、親のせいだと思う。
 もしも、私の子どもが人に嘘を付いたとしたら、私はどうするだろうか。私は私の責任としてその人に謝るだろう。これはいい方法だろうか。他にはどんな方法があるのだろう。経験したことがないからわからない。あのお母さんもどうしたらいいかわからなかったのかもしれないな。
 いろんなことは、自分を見つめるきっかけになると実感した本日。

 夕ご飯は、春巻きの皮を買ってきて、野菜たっぷり春巻きを作って食べた。体にやさしい夕ご飯。ライスペーパーって便利だったのだなぁ。


2008年09月16日(火) きっかけ

 “解離”と“乖離”の違いを調べると、必らず解離性同一障害という項目がいくつも出てくる。その病名を付けられた人々のHPをめくっているうちに心臓がドキドキしてきた。
ドキドキの理由は二つ。社会には、私の体験していたものと同じ経験を繰り返している人が居るということ。つまり自分は複数の人格を持たされていたという実感再び。ふたつめは、自分は、その事実を受け入れ、理由を探して心の傷を癒やしてきたという実感。N1と出会ったその後も、時に離れ離れになるけれど、過去より独りとして楽に生きている。だから、プラスの鼓動だった。

 誘われるように、2004年頃の日記を開いた。「生きる」 ということを勉強し、よく生きる練習しながら生きている私が居た。「死ぬこと」を目標にしていた過去からの脱出作戦のようだった。
 してきたことを全身に感じたくて、右手に刷り込んだ。ところがその後、いつもと違う感覚が沸いてくる。私はいすから立ち上がって部屋の中を往復した。こんな言葉が沸いてくる。「生きてるんだ、生きてるんだ」。生きている自分を実感しているようだけれど、いつもとは感覚が違っている。
そのうちに、言葉は口から出てきた。
ようく心を澄ませると、自分は 「“まだ” 生きてるんだ」 と言っている。そして私は、生きていることの驚きより安堵のほうが大きいことを感じてる。
 つぶやいているのは 私ではなかった。死にたかった自分。
「生きてるよ。生きてるんだよ、尚子さん」。
「いいんだ。いいんだ」 「いいんだよ。いいんだよ」
私が安堵を感じたのと同じくらいに、 “まだ” は “また” になって、その後に “苦しくない” が続いた。「又、苦しくない」
知らなかった。約6年前に出てきたとき、過去よりも苦しみが少ないことを感じていたなんて。
そう。「生きていても苦しくないんだよ。そうなんだよ」。
やっと、「ごめんね」が言えた。

 今夜の私、心地よさの中にいたのに、FBしちゃったの? 一瞬にして違う人になっちゃったの?  真実はどうか、わからない。
でも、解らないこともいい。わかっていることは、私はありのままの自分に寄り添ってあげると一番楽だということ。私に一番大切なこと。


2008年09月15日(月) 国会議員になろう

 テレビで自民党総裁選の街頭演説の様子を見た。それぞれの人の言葉と私の生活がリンクしない。見ているうちに、「私も国会議員になろうかな」という思いが沸いてきた。 
 昨年、若い人々が選挙に臨んだとき、当選して議員になった後にいろいろと勉強している様子を見たことがある。これこそ、全く新しい分野に違いない。難しいかもしれないしつまらないかもしれないけれど、CityBankのカウンターでベトナム語で話しかけられたときよりは簡単だと思う。
 先日、「いつか、絶縁にしてきた実家に帰る日があるだろう」と思ったけれど、きっと私は、選挙運動を兼ねて帰るんだ。
 でも…日本の国会議員になったらインドに行けなくなるのかな。いや大丈夫。それに、インドに行く為にはそのための資金が居るから。本を書いた次は、議員になろう…と本気でイメージしている Mamo ちゃんでした。


2008年09月14日(日) 宇宙にハンモック

 昨日より、ちょっと遠出。

 帰りのバスの中から見た景色。
ガラス窓いっぱいに、永遠に広がる田畑。まるで、時間が止まっているかのように見える。しかし、木も草もその命を生きている。静かに息をして、明日の朝には違う形になる。
 人々は、ハンモックの上で目をつぶる。その様子は時に、枝のひとつにさえ見える。
木の枝に揺られ、自然に寄り添い生きる。自然な喜び。
死ぬときに、ハンモックに揺られる自分が浮かんでいたら、その人は死を恐れてはいないだろう。きっと今、死の瞬間、人生の終わりを受け入れていることだろう。

 私は今、どのように生きているだろう。
都会にはハンモックはないけれど、私は心にゆりかごを作ることが出来る。
 宇宙の世界から見たら、人が一人死ぬということは、地球上の生物がひとつ少なくなるということになる。
生きた証を残したい。本を書くということは、私の生きた証をひとつ残すことになるだろう。

 都会に戻ってきた。バスは停止することを知らず、人々はバスを追いかけて乗り込む。都会の人は急ぎ、急がされている。

バーデン山からの風景


2008年09月12日(金) 心の育ち

 午前中、Nグループの整理をしなおした。午後からはあるきっかけに巻き込まれて、まとめ気分から脱線した。それでも、Nグループは、引き出しの中に小引き出し7個。
 Nグループと関わるとき、彼との会話が出てくる。家を出た日から今回まで、6年間閉じておいた箱を今開けた。そこにいるのは彼の言葉に傷ついた自分。その私は子ども達の母で、彼は子ども達の父親。私達はパートナーだった。
 
 当時、防波堤という言葉を使った。
自分は、不登校していた子ども達の防波堤になろう。それが出来るよう、まず自分の防波堤になれるようになろうと、自分育てをした。あの頃は、自分の防波堤になることで精一杯だったけれど、出来た部分はあった。
 今回、日本に帰れば、たぶんすぐに、似たような状況がやってくる。なぜなら、彼女達は家庭という箱から始まる一般常識の社会に生きているから。一般常識の世界に生きている人はみんな囚われているから。
 今浮かんでいるのは、その自分をどのように書くかということ。私は元パートナーの言葉に疲れたけれど、彼は子ども達の父親。だから、言葉を間違えると、子ども達を混乱させることになる。しかし、私が今、彼は子ども達の親だからという理由で再び箱に収めるのは違うような気がする。閉じた箱を後で開くことは出来るけれど、それには少し制約がある。なぜなら、残した箱を開く前に、日本に帰るという現実があるから。
私が、当時のことを残したまま子ども達と関わるなら、再び自分の感情に巻かれ、過去に似たことを繰り返すことになるだろう。
 私は自分が一番楽になる言葉を使いたい。傷ついた自分を書くだけでは、自分の発展にはならない。傷を癒やした部分では、言葉を選べる大人として、自分を表現できる。こうして書いている間に、当時の、家を出るという選択は、あの頃一番弱っていた自分に心を傾けることが出来たからだと実感する。そして今は、これからも、自分の未来につながる自分を育てたいと思っている。
 そんな私は、この2日間、「Mamoって何だろう?」を思考の一部に置いて自分を観察している。Mamoとは、プラスをするということをする自分。そんな自分を見ているのは楽しい。Mamoとは、自分がACだと知っていて、古い習慣から離れ、心の傷を癒やし新しい心で情報を…と続いていく。形を残してきたのは、プラスをしてきた私だから。
 新しい情報と言えば、一昨日日本のテレビ番組 『プロフェッショナル』 を見た。薬害エイズ訴訟の弁護士の一人がインタビューに応じていた。
「ひとつの裁判に勝つだけでは医療訴訟の根本にあるものは変わらない。国が変わらなければ…」。
 その人の言葉は、自分の根底を知り、大人社会に違和感を感じる私と Link した。
 私の本も、大人社会に何かを注ぐきっかけになればいいと思う。私は、人々の心に響く本を書きたい。
 そして、その本書きは、「ぼちぼちしていけばいいかな…」という気分になっている。6年間の全てを書かなければならないのではない。ぼちぼち進めて出来た分を本にしようという気持ち。今を楽しんでいれば、私の心も満足する。そうか。厳しい文章に載らなければと自分を頑張らせていたんだ。やっぱり心の傷を癒やすのが先なんだなぁ。

私は今、今よりももっと楽な自分を育てている。いつも自分育てをしているw


2008年09月11日(木) 目的意識

 考えが纏まった後は、動くこと。動くことをすると形になる。間に、用事をかねて2回散歩に出た。本のことを考えながら買い物をしたら、おつりの200ドンを貰えなかったことに気付くのが遅れた。しかし、本のことの方が大切だった。
 丁寧に書くには、正しい情報を持っておいたほうがいい。ご飯を食べながら Web の中を散歩した。新しい情報をつかもうとする自分が面白かった。  1966 年私が生まれた丙午の前年には、つまり 1965 年には、「丙午追放運動」を起こした町があることを始めて知った。
私は、次の丙午の年に、新しい命が出来るのを制限する人が居なくなるか疑問を持っている。今も因習で苦しむ人はたくさん居て、信じる大人が居るから。「間違いだよ」と次の人々に伝えていけることは、作業の中の、ひとつの喜びになっている。
 夜、パソコンで1時間くらい遊んだ。
したかったのは、夜中のひらめきをパソコンの中のボイスレコーダーで気軽に録音できるかということ。ボイストレーニングをして自分の文章を読み上げてもらった時には、いつもと違う感覚がした。声がそのまま文字になるのけれど、思わぬ読み取りをしてくれるから笑える。
 しかし、つぶやく前にパソコンを開く準備は書くときと同じだから、ICレコーダーに入れたほうが楽だとつぶやいて、パソコンを閉じた。


2008年09月10日(水) ふわふわ

 ねえねえ、あのね、私は 「Mamo」だよ。でも、昔は、「N1」だったの。
今は自分にやさしく生きてるよ。触ってみて。ふわふわだよ。


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