カウントシープ
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| 2005年02月11日(金) |
ウェルカム・ディナー |
今日はボクの両親が来てくれた。もちろんボクの両親も、ボク達の関係を知っているわけではないが、ワリと子供に無関心なところがあるのでそれはそれ、ボクはちょっと変わった子供ということで通っている。
母親はご飯を作って来てくれた。昔と変わらずあんまり美味しくない料理だったが、健康を考えて作ってくれたには違いなく、嬉しかった。美味しいものを食べて嬉しくなるのはよく解るが、美味しくないものを食べても嬉しいのは愛というスパイスがたっぷりだからか。
相方は入院するまえ、ボクの食事を大変心配していた。
月曜日には相方の両親がサンドイッチを持ってきてくれた。ボクは本当はマヨネーズが著しく苦手なので汗ダラダラしながらも半分食べた。もう半分は犬達が相伴した。火曜日には、相方が作っておいてくれたラタトゥユをソフトタコスの皮に包んで食べた。水曜日は相方の両親と外食し、木曜日には妹とその旦那さんと義理母さんと外食した。そして金曜日は母親がご飯を持ってきてくれている。
こうしてボクが何も用意しなくても、一週間ご飯の方からやってきた。明日は相方も退院してくる。
めきめき回復して、相方はもう歩き回っている。血液や体液を排出するために体内に入っているドレナージのパックをポシェットに入れて歩き回る姿はとても術後二日目とは思えない。お見舞いに来てくれた人もビックリの回復力だ。 というか、元気すぎないかお前? 痛み止めもなしで痛くないの?と看護婦さんも首を傾げ、ブラックジャックみたいな傷口は感染もなく綺麗だ。お粥も2食食べただけで、今日にはもう米粒を食べている。(もともとお粥が大嫌いな相方だが、これを完食しないと次の常食に進めないんだと脅すとしぶしぶ食べていて少し可哀想だった)
ベッドのサイドテーブルには同じ病室の人と交換したお菓子や差し入れてもらったプリンが沢山ある。皆自分の子供くらいの奴が入院してきたので、すっかり構い倒されていて、小さな家族みたいになっていた。
弱っている人は弱っている人の気持ちがわかるのだ。普段は他人行儀にすれ違う人々も、病院ではこうやって声を掛け合って助け合う。街を歩いていたときには他者に無関心でも、内側には優しい気持ちを沢山持っている。
術後1日の朝、顔を出したら、相方はもう結構元気な顔をしていた。もうすっかり麻酔からも覚め意識もはっきりしていて、見ているこっちもずっと安心した。 今回は内臓ではなかったので回復も早いのだ。その分術後に外見が多少変わってしまうのだが、それでも生きていてくれるならボクは全然構わない。相方がその変形をどう思うのか解らないが、この病気も傷も含めて相方の一部で人生なのだから、ボクもまた一緒にこの傷もなぞっていこうと思う。
ずっと昔、異性の人と付き合っていた。ボクはまだ10代で相手も2、3上で。よく一緒に本を読んだが、その中の一冊のエピソード。『ある好青年が魅力的な女性と知り合い恋仲になる。それまで軽かった男は、彼女に夢中になり結婚を決意するが、その彼女が膝に骨肉種を患い足を切断することになる。彼女が男に、片足のない私でも愛してくれる?と聞くと、男は当たり前さ、と答える。だが彼女はしばらく会わないでおこうと提案し、男はそんなことで自分は愛さなくならないと自問自答するのだが、時間が経つうちに気持ちは変化していき、彼女に別れを告げる・・・』
このエピソードについて話し合った時、ボクはまだ幼かったけれど、たとえ片足がなくなっても愛は続くと思った。相手はこのエピソードに肯定か否定かの答えを出せなかった。ボクは自分が偽善者っぽくて嫌だなぁと思いながら、別れないと思うと答えた。
今は解る。今までに相手と共に過ごした月日が、思い出が1日1日積もっていき、次第に大切になってボクを構成していき、今では相方はもうボクの一部になっているのだから、相方の片足はボクの片足でもあるのだ。ボクはボクの片足がなくなっても当たり前に生きていくだけだ。
ロビン
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