カウントシープ
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先週の土曜日にカバンを買った。
その日土曜日、お昼に入ったいつものサンドイッチ屋では、いつも読む雑誌[MONO]はまだ新くなっていなくて、読むものがなくて久しぶりに[MENS MOMNO]を手に取った。その表紙に[吉田カバン]と見出しがあったが、ボクは何処かで聞いたことがあるな、と思った。
確証はなかったが、そこから連想したのは、以前京都に本店があると連れて行ってもらった古風なカバン屋だ。レトロな縦書きのネームタグがついていて、麻みたいな素材でできていたカバンが沢山並んでいて、流石京都だなんて思ったりした。
だが、その特集ページを捲ってみたら、もっと普通の現代的なカバンが並んでいた。ボクはサンドイッチのほうに集中していたので、そのページはパラリと飛ばした。
その後街に出て時計を引き取った後、ロフトで(時計屋はロフトに入っていた)ぶらぶらしながらカバンを物色して、ひとつ気に入ったカバンがあったので目を付けていたが、いつものごとく本屋で長居をしすぎて閉店となり、カバンを買い損ねた。残念がっていたら、相方が『ポーターならパルコにもあるよ』と教えてくれたので、そうかあれはポーターという名前なのかと思いながら、パルコに移動した。
探していたカバンは相方の言うとおりパルコにも入っていて、今度は迷わず購入、ロゴを見たらちゃんとポーターと縫い付けられていたので、『君よくポーターなんて知っていたね』といったら、これは[吉田カバン]というブランドなんだよ、と教えてくれた。
そうかサンドイッチ屋で珍しくMENS MOMNOを手に取ったのもここに結びつくのかと、何となく縁を感じて嬉しかったが、さらに今使っている携帯[ドコモのpremini]の専用ケースもポーターなんだけれどな、と教えられて、早速携帯ケースをカバンにくっつけてみたりして、
それから毎日同じカバンで仕事に出かけている。
ある娘が駆け落ちして、住みなれた土地を離れて都会で暮らす。2人は社会的には認められず、苦労して共に生活していくうちに健康を害し、両親が都会にやってくる。 『娘を不幸にして』そういわれては男は項垂れるしかない。2人共に居たいと思うが、病気を治すため−と娘は故郷に戻され、男は家族に恨まれて暮らす。
というような話はよく聞くパターンだが、今のボク達はこれに近い。(周囲には認められるはずもないと脅えてカミングアウトしていないけれど)同性愛ですなんておいそれと言えない。そこそこきちんと生活していけるだけのお金を稼げる仕事にはつけたけれど、結婚という形をとれないから、相手の家族は自分の子供がボクの家に居候して、形見の狭い思いをしながら不安定に生活している、と思っている。
相方の家族も親戚も友達もみんな沖縄にいて、沖縄に帰ってきて治したらいいのに、という。ボクと相方が一緒にいたいと思う気持ちなんて、みんな気がついてくれない。『早く帰っておいで』という心優しいメッセージが届くたびに、ボクは辛い。
お話の続きは大抵、その後娘は死んでしまい、男は墓参りすることも許されない−と続くが、ボク達はそうはならない。相方はまた健康になって、すっかり元気になって、犬達を引き連れてみんなで沖縄に凱旋するんだから。
子供の頃、いつも聞かされた言葉。
『私は必要とされていない』 『私は何時死んでもいい』
うんと小さな頃は、何ていっていいか解らなくて黙って聞いていた。少し大きくなって言葉を使えるようになってからは、『ママにいて欲しい』といって背中か肩に少しつかまった。
母親は、真正面から抱いてくれることのない人だった。だから触りたい時は、少し斜めか背中にそっともたれるようにしていた。抱きしめてくれることこそなかったし、そういう時母親が何を言ったか覚えていない、もしくは何もいわなかったかもしれない。
母の母は心を病んで死んでしまった。祖母が焼身しようとしたとき、首を吊ろうとしたとき、母親はまだ小学生だった。母は自分が同じように発狂することに脅えているし、ボクもまた、母が狂ってしまわないか脅えていて、
だから、本当のことは言えないままだ。
ロビン
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