カウントシープ
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今の家に住み始めた頃、玄関のラグを買った。パルコに入っているfrancfrancという店のもので、黒とグレイとベージュの縦じまのものだったが、それが玄関の間口にぴったりの大きさだった。素材は荒く編んだ綿でできていて、もっと面積が大きければソファの足元に敷くような素材でできていた。色合いがちょっと地味な感じがしたが、落ち着いた雰囲気だと思った。
我が家は玄関から廊下まで全部フラットでできていて、そのラグは土足で踏むものなので汚れやすい。自然と洗い替えが必要になり、再びfrancfrancに出向いたが、もうその大きさのラグはなくなっていた。
それから、ラグ探しが始った。 同じくらいの、我が家の玄関にあう大きさのラグを探して歩いたが、どこの雑貨屋にもおいてなかった。どうやら我が家の玄関は、規格サイズよりも横幅が広かった。玄関に置いたものは、多分キッチン用のつもりで作られたものだったのだ。
ところが、ここ最近また、我が家の玄関に置くのにちょうどいいラグを見かけるようになった。慌てて二枚ほど購入したが、1度見かけると今度はあちことでちょうどいいサイズを見かけるようになった。探していただけに、ついつい見かけると買ってしまうが、気がつくと今度は玄関用のラグが4,5枚。洗い替えどころか、日替わり気分で玄関が演出できそうになって、それもまた楽しみのひとつ。
※francは貨幣単位のフランだろうか
ここ最近絵を描いていない。仕事が忙しくて時間がないのも理由の大きな1つだし、以前からチマチマと作業している球体関節人形に手をとられているというのもある。新しく、ヴァイオリンを始めたのもある。でも、一番の理由は、やっぱり気力が少しないんだろうな、と思う。
別に、特に落ち込んでいるわけじゃないし、毎日仕事したり犬の散歩をしたり、食事をしたり眠ったり、ごく普通に生活している。以前と何も変わらなくて、一週間に1度抗癌剤を打ちにいくことと、髪の毛がないことと、そんなくらいで相方も寝込んでいるわけじゃなくて、元気に動いている。
でも、どこかで不安なのだろうな、と思う。 時々泣きそうな気持ちになる。 見えない先が不安になる。 1人で置いていかれるんじゃないか、って思う。 10年は生きられると言われたけれど、10年の更に先はどうなるんだろうとか、考えても仕方ないことを考えている自分がいる。
きっと、来年とか再来年とかそのくらいになって振り返ったら、今は「やっぱり大変だったね」と話すような時間なのだと思う。今はただ、前を見て進むしかないから、
絵を描きたくなったらまた描こう。
この世に神様なんていない
とは思っていない。目に見えない形じゃないところに神様はいて、ちゃんと見ていると思う。神様はただ見ているだけで、手を出したりはしない。それじゃあいてもいなくても変わらないじゃないか、というと、ちょっぴりそう思うけれど、でも、神様がいるといないでは大違いだ。
見守っていてくれる存在がいて、世界は守られていく。一人きりではこの果てない世界をとても守れやしない。見ていてくれるから安心して前を見ていられるし、自分の姿を見つけることができる。
ロビン
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