カウントシープ
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2006年02月24日(金) 今生きているものもいずれは死ぬというのに

考えてみれば、ボクはよくよく心が弱い。衰えていくものを見ることが辛いのは、自分ももた衰えていくものだからだ。

それは人間にとっては普遍的な恐怖であり、衰えていくことに反するように、外見を細工しようとして美容整形や髪の毛の移植を行ったりする。あるいは子供に未来を託し、自分のできなかったことをさせてみたりして、釣り合いをとろうとしていく。

それはひとつの理のようなものであり、よいとか悪いとかいう概念では人くくりにできないだろう。老いを受け入れていくことや喪失していくことを受け止めていくこと、其処に悲しみというものが欠落しているならば、それは大変にバランスが悪いことであろう。

いったい、長く生きていることがどれほどの価値があるのか。ボク達は、すでに死んでいる人のことを新しく知るときには、その人が死んだということにそう悲しまないが、今現在生きている人が、自分はまだ生きている時空間において死んでいったなら、少なからず悲しいと感じるだろう。

この感覚の違いは何なのだろうか?

同時代を生きているもの、という連帯感のようなものが、ここにはあるかもしれない。ボク達はまさに今の時代を生きていて、不安な感情を多いに抱きながらも、ここを理解している。他の時代の空気ではなく、この時代の空気を吸って生きているということには、何かしらのシンパシィが沸くだろう。

もし、浦島太郎のようにタイムスリップしてしまったら、やはり違和感に苦しむだろう。子供の頃はずっと、ここじゃないどこかにいけるならば、時代を超えてでも行きたいと思っていたけれど、ここを離れては生きていけないのではないか、と今は思う。


2006年02月23日(木) リバー・フェニックス

最近になって、リバー・フェニックスという俳優の出ている映画を見た。ボクは彼を初めて見たし、その映画“スタンド・バイ・ミー”は、まだ少年時代の彼が出ていたので、それほどリバー・フェニックスという青年を知ったわけではない。
けれど、生前の彼がとても輝かしい俳優であり、美しく才能を持っていて、そして若くして亡くなったことは知っていた。『スタンド・バイ・ミー』という物語自体とても良かったので、ほかの彼の出演している作品も見てみたいと思っている。

その節思ったことがある。

ボクは、スポーツ選手を応援することが苦手で、それには自分がスポーツに興味が殆どないからだと思うのだけれど、もう一方で、スポーツ選手というものは、年老いていくにしたがって、人生のもっとも素晴らしい時期から遠ざかってしまうという運命を背負っているからだと思う。

もちろん、いい記録を出し続けることだけがすべてではないし、引退後に今度は若い世代に教えていくことで、自分の成し遂げたものを繋げていくことも大変有意義なことだといえる。
だが、第一線で活躍していたものが、段々と衰えていく様はとても辛く、そのことを熟知しているスポーツ選手たちは、もっとも華やかな時期を持って引退していくのだ。

美しい女優さんも、また、当初の華やかな美しさをずっと保つことはできない。若い少女達には少女達の魅力が、大人の女性には大人の魅力があるとしても、そのとき世間を浮かれさせた独特の魅力は、ほんの一瞬の輝きにすぎず、特に女優はその変化の中でどう自分を表現していくかという苦しみにたたされる。
失われていくアイデンティティに対して、新しく獲得していかなければならないのだ。

リバーは、まだ若木のしなる様な頃に、さっさと天に召されてしまった。ボクがこれから見ようとしているリバーは、まだ生きていて未来をも含んでいるのに、現実の彼はもう未来を絶ってしまっている。フィルムの中で生きながら、同時に死んでいるのだ。


2006年02月22日(水) 苦しみが少ないように

ボクの飼っている犬達のうち白いの2頭は、ある犬に憧れて迎えた。

その犬は、とても綺麗で賢く、そしていつまでも子供のような明るさがあった。ボクはその犬にすっかり恋をしてしまい、その犬の子供のうち、なるべく柄の似ている子犬を譲ってもらった。

一度、ボクの家に預かったこともあって、3ヶ月程一緒に暮らしたこともあった。親子で並べるとよく似ていたけれど、どう見ても父親のほうが美人だった。

やがて、犬が5歳になるころ、もう一頭子犬を迎えることになった。その子犬を迎えることにしたのは、憧れていた犬の孫であったことと、姿がとても似ていたからだ。
そうしてボクの家には、その犬の娘と孫がいる。


今、その犬は癌と戦っている。少し前に見つかって手術もしたけれど、残念ながら転移していたのだ。転移はどんどん広がり、もう時間は長くない。飼い主も、毎日一生懸命看護している。本当に、奇跡が起きて助かって欲しいと思うけれど、せめてもの、苦しみが少ないようにと祈るばかりだ。


ロビン