読書日記

2001年12月09日(日) 今日もたまたまつけていた二十四年前の読書日記からの転記。

丸谷才一「星めがね」「年の残り」パトリシア・モイーズ「死人はスキーをしない」シャルル・エクスブライヤ「死体をどうぞ」見坊豪紀「言葉の海をゆく」シムノン「メグレと無愛想な刑事」戸板康二「グリーン車の子供」エド・マクベイン「八千万の眼」ヒラリー・ウォー「事件当夜は雨」藤子不二雄「二人で少年漫画ばかり描いてきた」井上ひさし「ブラウン監獄の四季」上田秋成「雨月物語(現代語訳=石川淳)」鮎川哲也「太古叩きはなぜ笑う(三番館シリーズ1)」山田風太郎「魔天忍法帖」「剣鬼喇麻仏」ここが我慢のしどころ。こんな日が続くと日記をつけるのをやめたくなる。野暮用が重なるとこうなるので、旅に出ているわけでもなくこうなるので、やめたくなる。書くネタがなくなるまで。
今日もたまたまつけていた二十四年前の読書日記からの転記。
興味関心、読書傾向があまり変わっていないのがわかる。内容を忘れていることも自分でわかる。
思い出したのは、あの頃は買った本はだいたい読んでいたこと。



2001年12月08日(土) 読めないときには風変わりなエッセイを。板東眞砂子「身辺怪記」(角川文庫)

読めないときには風変わりなエッセイを。板東眞砂子「身辺怪記」(角川文庫)に手を出す。「本の雑誌」などで評判になった「死国」が本屋を何件か回っても見つからなかった昔がなつかしい板東眞砂子のエッセイ集である。表題作の「身辺怪記」から「村社会のエキゾチシズム」「台風銀座育ち」「方言の壁は文化の砦」「死者の書」「妖精の悪戯」「古都の魔力」まで七編読んだ。確かに子供のときは台風や猛吹雪の真っ只中に出て行って妙な嬉しさや興奮を覚えたものだった。普段見たことのない大嵐の威力を実感して何かしら楽しく仕方がなかった記憶は今でも残っている。あの感じは一種のセンス・オブ・ワンダーだったか。三つ目のエッセイ「台風銀座育ち」を読みながらそんなことを考えた。本のタイトルは風変わりだが中身は現・作家としての自分のルーツをたどるようなしっかりした文集であった。最近のエッセイ集からはちょっと飛んでる印象を受けた。題名とは異なり、これは正調エッセイ集である。



2001年12月07日(金) 私が24年前に読んでいた本。奥田継夫「夏時間サマータイム」ディック・フランシス「罰金」エド・マクベイン

私が24年前に読んでいた本。奥田継夫「夏時間サマータイム」ディック・フランシス「罰金」チェザーレ・パヴーゼ「美しい夏」エド・マクベイン「殺意の契」「殺しの報酬」「警官(サツ)」星新一「祖父・小金井良精の記」「人民は弱し、官吏は強し」P・D・ジェイムズ「ナイチンゲールの屍衣」リチャード・スターク「悪党パーカー 犯罪組織」「悪党パーカー 弔いの像」猪俣勝人「日本映画名作全史 現代編」丸谷才一編「四畳半襖の下張り裁判全記録」五木寛之「青春の門 筑豊編・上巻」「青春の門 筑豊編・下巻」以下「自立編」放浪編」「堕落編・上」舟崎克彦「ぽっぺん先生と帰らずの沼」新藤兼人「ある映画監督」土屋隆夫「影の告発」ニコラス・ブレイク「賞の終り」久生十蘭「久生十蘭傑作選�后〔儀酳�語」
24年前の2月から3月にかけて読んだ本は、傾向が現在とほとんど変わっていない。同じだ。中には読んだことを忘れているものもある。
今日はまったく、というのは実は嘘にしても、何ページしか読めなかったので、昔の日記から拾ってみた。
今週は読書日記の体をなしていないので反省だが、後何日かは野暮用が続くのでこんな調子はまだ終わらない。



2001年12月06日(木) 井上ひさしと十川信介の対談を読み、小田実の巻頭エッセイに目を通す。

井上ひさしと十川信介の対談を読み、小田実の巻頭エッセイに目を通す。
前者は岩波書店の「図書」12月号の「明治文学への新しいアプローチ」と題したもの。これはもちろん「新日本古典文学大系 明治編」発行の宣伝を兼ねている。
ちょっとした文章で人は常識だと言い放つだろうな、ということも井上ひさしだと勉強になるような気がする。例えば、こんなところ。
「明治は文明開化のなかで、西欧のものを全部良しとし、それまでの日本のいろいろな蓄積、語呂合わせや戯作的なものなどを軽んじたり、全部否定してしまった。」(P2)
後者は新潮社の「波」12月号「『夏炉冬扇』の『アンガジュマン』」という題名である。これも著者の新刊「くだく うめく わらう」の宣伝になっている。
「この『日本』は、これはどうも私の考える日本ー『私の日本』ではない。/私はこのごろ『私が日本だ』と考えることにしている。そう考え、人にも言うことにしている。それは、たとえば、アメリカ合州国のおおぼえめでたかろうとして、彼らの『報復戦争』に日の丸と軍艦旗をかかげさせて軍艦を派遣するような日本は『私の日本』ではないからだ。」(p2)
こういう感覚は嫌いではないのでこれからはこの著者に少し注目することになる。
今日も「一冊」の読書できず。


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