読書日記

2002年08月01日(木) 橋本治『「わからない」という方法』(集英社新書2001/04/22)と苅谷剛彦『教育改革の幻想』(ちくま新書2002/01/20)を読んだ。

橋本治『「わからない」という方法』(集英社新書2001/04/22)と苅谷剛彦『教育改革の幻想』(ちくま新書2002/01/20)を読んだ。
二冊ともに明確な問題意識と明解な文章からなる優れた本だ。
前者は、筆者自身が自分自身のことを語る、いわば伝記のような解説書で「そうだったのか」と感動寸前まで行った。勉強になることばかりだった。
後者は、日本の教育についてがんがんと具体的に提示し、今まで隔靴掻痒だった教育論議を何段階か上へ押し上げた。もっとも文部科学省の人たちがいくら熟読しても上があれだからとため息をついて「終り」かな。
膨大な新書が新刊として毎月発進を続けている中で、この二冊は光り輝く。

SFマガジンとミステリマガジン、波、ちくま、本を適宜第一回拾い読み。
牧野修『傀儡后』を40ページほど読む。小道具的なものに満ちた世界像が掴めず。右往左往しつつ筋を追っている。



2002年07月31日(水) スタジオ・ジブリの映画『猫の恩返し』を観た。

 スタジオ・ジブリの映画『猫の恩返し』を観た。
1時間15分程度の長さで最後まで飽きずに観られた。『千と千尋の神隠し』の裏ヴァージョンで「自分の時間を生きろ」という言葉が響く。作品の重みは随分と違うのはもちろんだし、宮崎駿監督ではないが底に流れる思想の川の源流は同じ。
それにしても丹波哲郎は凄かった。後半は完全に主役だった。

今日は全く本は読まず、その後はテレビの前に居続け。
レンタルビデオで『リトル・ヴァンパイア』
これは出だしはややもどかしいものの期待通りのまあまあの面白さ。
次にテレビドラマ『マイ・リトル・シェフ』のラスト10分を観て納得。
最後にスカパーAXNで『ミュータントX』を観て大満足してテレビをオフにした。
今日は新書を半分は読みたかったけれども、こういうわけで終り。



2002年07月30日(火) 野尻抱介『太陽の簒奪者』(早川書房2002/04/30)を読み終える。

 野尻抱介『太陽の簒奪者』(早川書房2002/04/30)を読み終える。
この重厚長大な小説がはやるご時世に僅か283頁で終わる壮大な物語。SFの歴史上伝統あるファースト・コンタクトものの新たな傑作の登場となった。
出た時にはコミック的な域を越えていないだろうと高をくくっていた。読み始めた今回も高校2年生の少女が主人公と分かってまず偏見が甦えった。
しかし、読み進むにつれてしっかり構築されたアイデアの世界に引き込まれた。
昔、クラークの『太陽系最後の日』に魅了された。
今の中高生はどういうふうに読むのだろうか。
元になった短編も読みたくなった。SFマガジン定期講読者はエッセイ以外あまり読んでいなかった。
最近SFから遠ざかっていた自分がこの作品を読む気になったのは本の雑誌8月号の鏡明氏の文章による。
残念だったのは読むのに3日間かかったこと。野暮用がはさまって一気に読めなかった。
昨日読み終えた『世界の終り、あるいは始まり』も一種のファースト・コンタクトものだった。自分がよく知っていると思っていた人物が実はそうではなかったために想像力を駆使して理解しようとする主人公は、『太陽の簒奪者』の白石亜紀とよく似ている。

ある人間を理解しようとして書くのが伝記である。
医者であり芥川賞受賞作家でもある南木佳士が農村医療のパイオニア若月俊一の半生を描いた『信州に上医あり(若月俊一と佐久病院)』(岩波新書1994/01/20)もそういう意味でファースト・コンタクトものといえるかもしれない。
もちろんこれはSFではない。しかし、不思議な巡り合わせがある種の人間にはあるのではないかと思わせてくれる点で共通する部分があるかもしれない。
この芥川賞作家の文章は平易で最後まで落ち着いて読むことができた。
個人的に最近注目の作家である。
もちろん野尻抱介も。

今日また入手してしまった本達はこの通りです。
徳田秋声『あらくれ』(新潮文庫)、後藤健生『サッカーの世紀』、矢口敦子『家族の行方』(創元推理文庫)、『江戸東京物語(下町編)』(新潮文庫)、鮎川哲也『殺人歌劇<第一幕>』『殺人歌劇<第二幕>』(青樹社)、歌野晶午『ROMMY(そして歌声が残った)』『正月十一日、鏡殺し』(講談社)、『大密室』(新潮文庫)、久世光彦『逃げ水半次無用帖』(文春文庫)



2002年07月29日(月) 歌野晶午『世界の終り、あるいは始まり』(角川書店2002/02/25)を読む。

歌野晶午『世界の終り、あるいは始まり』(角川書店2002/02/25)を読む。
ほとんど読んだことのない作家なので半信半疑で読み始めた。誘拐もののミステリーで語り方に強さのようなものがある。テンポというかリズムがいい。
誘拐された男子小学生がすでに殺害されているのであまりいい気持ちはしない。
そんなこちらの気持ちとは関係なく当然犯人究明に話が進んでいく。
進んでいくが思いもかけない「犯人」探しになる。
まずそこで驚いた。
その後大きく何度か驚かされる。
話はちょうど500頁で終わるが、何度も驚いたので頭の中に熱のようなものが残ってなかなか眠れなかった。
デイック・フランシスの競馬シリーズの面白いやつを一気に読み終えた時に似ていた。
傑作である。
この作者の特色のひとつは既成の枠にはまらないこと。それがわかった。
先だって、東野圭吾『私が彼を殺した』(講談社ノベルス1999/02/05)を読了したが、こちらもまた型にはまらないのが特徴だった。
かつては海外の作家の独壇場だった「ストーリー・テリング」も今や日本人作家の手の内にある。この中から自分にとっての本物の作家を見つけるのは非常に難しくなってきている。間違いない。

今日入手した本は以下の通り。
『出版界「独断批評」』(第三書館)、土屋隆夫『推理小説作法』『土屋隆夫推理小説集成5「不安な産声」「華やかな喪服」』(創元推理文庫)、佐伯泰英『暴れ彦四郎(鎌倉河岸捕物控』(ハルキ文庫)、『泉鏡花集成11「風流線」「続風流線」』(ちくま文庫)、フリーマントル『待たれていた男(上・下)』(新潮文庫)、ジョー・R・ランズデール『ムーチョ・モージョ』(角川文庫)、石川恭三『思いっきり体に効く話』(集英社文庫)、岡本綺堂『半七捕物帳(一)新装版』(光文社文庫)、歌野晶午『ブードゥ・チャイルド』(角川文庫)、南木佳士『信州に上医あり(若月俊一と佐久病院)』(岩波新書)、金城一紀『レヴォリューション�癸魁戞聞崔娘辧法�日本古典選『堤中納言物語・落窪物語』『土佐日記』(朝日新聞社)、大島司『シュート!総集編』1・2・3(講談社)
すべて古本屋。創元推理文庫などは予算が許せば新刊で即購入したいくらい興味深い本が多い。その他はしばらく寝かせておいていい味わいの気配が出てきた頃に読む、などと考えている。普通の本屋で本を探すのがかったるい今日この頃。



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