読書日記

2002年09月05日(木) 坪内祐三『文学を探せ』(文藝春秋2001/09/15)を読む。

坪内祐三『文学を探せ』(文藝春秋2001/09/15)を読む。
私は安原顯も好きだし、この坪内さんも割と好きだった。
ただこの『文学を探せ』を文学界で読んだ時は鮮烈すぎてややひるんだ。
しかし、この本の『「あとがき」にかえて』を読んで持ち直した。
「一九九九年半ばから二〇〇〇年末までに至る私の「暴走」の記録なのである。」(272ページ)この文章に気がついて良かったと思う。帯には書いてあったが目に入ってなかった。
結局、一番感銘らしきものを得たのは「あとがき」だった。
人の個人的なことには興味のわかないほうだったのに、最近はそうでもない。
昨日も齋藤孝さんの世織書房の『教育=身体と言う技術』を読んで興味津々だったのは著者の学生時代の回想部分だった。



2002年09月04日(水) 齋藤隆『理想の教科書』(文藝春秋2002/04/30)のコメント部分を読みました。

齋藤隆『理想の教科書』(文藝春秋2002/04/30)のコメント部分を読みました。
選ばれた作品は後日ということにして齋藤さんの文章のみ読み進みました。
その著者や背景、価値について過不足のない解説に感心するばかりでした。とてもオーソドックスな選択ですが意表を突く作品もあります。
『聊斎志異』の『蛇人』だけはつい目がとまり全部読んでしまいました。
これは我が家にペットがいるからでしょうか。
妙に切ない感じになりました。
立花隆『田中真紀子研究』、まだ読み終わっていません。



2002年09月03日(火) 日垣隆『されど、わが祖国(中国残留帰国者物語)』(信濃毎日新聞社1988/08/05)を読む。

日垣隆『されど、わが祖国(中国残留帰国者物語)』(信濃毎日新聞社1988/08/05)を読む。
現在絶版になっているようですが、こういう本こそ書店で息長く売ってほしいと思います。再販制度があろうとなかろうと現在は爆発的に売れる本しか置かない、あるいは置けない書店ばかりです。
「見えないもの」を見せてくれる日垣さんの真骨頂発揮というべき本。
学び、考えなければ見えてこないものに私たちは包囲されていることに改めて気づかされました。その点で全く古びていない作品です。
『鳩よ!』(2000年9月号)を100円で購入。
拾い読みを楽しむ。笠井潔さんの『新世紀小説時評��(事件と虚構)』に注目。久間十義『ダブルフェイス』(幻冬舎)を佐野眞一『東電OL殺人事件』と比較して書評しています。説得力があります。
既に廃刊になったはずですが、執筆者はちょっと気を引く人たちが多いように感じました。



2002年09月02日(月) 養老孟司『ミステリー中毒 激症篇』を大激賞する。

今月号から『小説推理』を定期購読することにしました。二十年ぶりくらいかもしれません。北上次郎の書評が読みたくて買っていたようなもので他の小説作品はほとんど読んでいませんでした。
連載ものが多いので読まないページの方が多くなります。それでもよいと結論したのは書評を含めてエッセイに期待したからでした。
今回の大感激は、養老孟司の文章です。
「相変わらずのファンタジーで、とうとう半年になってしまった。」(39ページ)で始まるちょっと長めのエッセイは傑作。適当なところで一冊にまとめて書籍として変身すればとてつもなくなおかしくて変な読書中毒本のできあがりでしょう。
もう連載10回目でした。
ほかには、一時期「激しく」熱中した『餓狼伝』のなんと知らぬ間の�将敬瑤�11回目を読みました。変わらず臨場感があってこれだけでも十分に納得して読めました。夢枕貘、健在でした。
ミステリマガジン同様あれこれ読めそうで楽しみな雑誌です。


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