| 2003年04月22日(火) |
似せようとするとダメなのか? |
<今日の一言:映画が好きなのではない。好きな映画が好きなのである。>
先程「爆笑問題のススメ」という番組を見ていました。 エンディング、スタッフロールと共に作家のブッキング情報が流れるのだが、それを見ていて一つの疑問が。 幾人かの名前がそこには挙がるのだが、その中の一つに<松尾スズキ>の名が! 何が変かというと、彼の名は以前そこ(ブッキング情報)に挙がったものの、いったんは姿を消したからである。 そして今回、また彼の名は姿をあらわした。 よくわからん情報だ。 まぁそんなことはどうでもいいが・・・
今日(と言っても月曜深夜のことだが)は似顔絵を描いてみた。 言っておくと、普段はほとんどしない。 気まぐれの趣味の一つである。 やっぱり似なかった。
被写体は宝生舞であった。(以前、中谷美紀を描いたな、そういえば) 前々から気になる女優さんだった。 なぜか、以前に立川談志が彼女のことを褒めていた(何を褒めていたのかは記憶にない)というエピソードを彼女をテレビで見かける度に思い出す。 そんな彼女。(どないやねん!〈わざとこんな口調)) 彼女は目が鋭い。(と言っても・・・うーん、絶不調。) それはよく言われている彼女の特徴だと思うが、(と言っても実際に誰かがそう言っているのを聞いたことは一度もないが)例えば僕がその特徴的だと思われる彼女の目が好きだとしよう。 しかし、それは真に好きであると言えるのか? 例えば「はい、これ」と本人か誰かに、直に目玉を渡されても喜びはしない。(と思う。そして有り得ないことであり、有っては困る。) では<僕は彼女の目玉の覗き穴の形状が好きである>と言えばいいのか? うーん、顔とのバランスもあるだろうし・・・。 <彼女のあの顔に対するあの目玉の覗き穴の形状が好きである>? 上の表現の<あの顔>というのは、あの目玉の覗き穴の形状をあの顔から除いた部分(???)のことをいうのだろう、きっと。(自分で言っててピンと来ない)
似顔絵ってのは難しい。 絵というのは描かれた人よりも描いている人の気持ちがそこに表れるのよ、と某ドラマの番宣では言っていた。 そうだとすると、固定された被写体(「僕勇」のワンシーン)を絵にした場合、客観的にみて(似てないな〜)という絵になったのは自分の気持ちのせいなのか? 少なくとも似顔絵を描くつもりであったので、そんないいわけをしたところで恥ずかしい。(誰に?) どこが違うのだろう? なんだか硬い(固い?)のは感じるのである、線が。 その硬さも気に入らない。 もっと自然にしたい。 何かコツはないか? それを見つけることを今後の課題とする。
リアルに似顔絵を描こうとする場合、どうしても僕が描けないのは(苦手なのは)影や服の皺の描写である。 あぁぁ〜っっ!! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぅ! なんか今回の場合、首輪っぽいアクセサリが全く描けない自分に苛立った。(描いたのは肩から上の姿) さぁ、勉強勉強!(え、違う勉強しろって?<内なる心への応答)
―END―
<ついしん> 僕の七大女優+1(どういう意味で<僕の>なのかはここではコメントを控えます)
中谷美紀(先鋒) 仲間由紀恵(次先鋒) 須藤りさ(次鋒) 緒川たまき(中堅) 麻生久美子(副将) 伊東美咲(大将) 宝生舞(もっと大将)
ここまでが七大女優。 +1は乾貴美子。 だって彼女って女優もやっているとは聞くが、そんな枠にハマるひとじゃなさそうだし・・・(良くも悪くも)。
で、何でこんな事いちいち書くかって? それは心の中のナイフを研ぐため、であ〜る・・・というのは嘘(?)で、何というか・・・まぁ、食べれない食べ物(つまり毒入り)ではあるが、なんかおいしそうだな、と思って、もし食べれるんなら食べてみたいからお母さんあれが食べたいよ、という気分で書いてみました。(本当か?) ごめん。(誰に、何を?)
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