ヤグネットの毎日
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2002年01月04日(金) 帰省電車のなかでの小さなピース

 あわただしく、年末岐阜の妻の実家へ帰った。
 家族がみんなそろって、正月を迎えられることの喜びを
 心から感謝しつつ、心身ともリフレッシュさせてもらった。
 
 飛騨を含む東海地方は、この正月記録的な大雪となった。
 名古屋では41年ぶりの大雪。飛騨地方も白川村で120cmをこえ、
 実家のある萩原町でも、30〜40cmはつもっていたと思う。
 おそらく、生まれて初めてだと思うが本格的な「雪かき」というものを
 やらせてもらった。
 積もったばかりの雪はまだ、さらさらとしていて軽い。
 でも、一日たつと水分を含み、ぐっと重くなる。
 氷点下なのに、汗ばむぐらいだった。

 この記録的な大雪は、帰省にも大きな影響を与えた。
 もともと、僕は3日に戻る予定だったが 
 高山線は完全にストップ。車などとんでもない。
 仕方なく1日ずらして、4日の朝、高山線に乗った。
 「14〜15分遅れになります」との駅員の説明があったので、その程度の遅れなら大丈夫と思っていたのが大間違いであった。

 飛騨小坂駅から出発した直後、車内アナウンスが流れた。
 要旨次のようなことだった。
 
 下呂から先のところで、雪の重みで木が倒れて線路に接触するという事故が発生、最初は二ケ所だったが、もう一ケ所発見され、合計三ケ所で倒木の除去作業を行うため、復旧するまで、運行を見合わせる。復旧のメドはたっておらず、大幅な遅れとなる見込み。

 ただでさえ、前日のダイヤが完全に麻痺をしたために、僕がのった電車も乗車率200%ぐらい。デッキですしづめ状態だった。
 
 ついに、3時間も遅れて名古屋につくことになった。
 でも、この電車のなかで、人間のやさしさにふれることができた。
 新年の最初に、この日記に今日の出来事を書き記しておきたい。

 特急電車のなかは、自由席、指定席を問わず、通路やデッキまで人、人、そして人。僕は、デッキにたつことにした。
 
 お年より、若いカップル、赤ちゃんを抱いたお母さんとおばあちゃん…。
 ずーっと駅で止まったまま。
 赤ちゃんが泣きさけぶ。
 すると、見ず知らずの乗客が、思いおもいの方法で、あやしはじめた。
 携帯電話を使ったり、面白い顔をしたり…。
 誰かが、トイレに行きたいというと、少しだけみんな我慢して通路をつくってあげる。

 ようやく、名古屋駅につくころ、おんぶされていた赤ちゃんが
 少しだけ嘔吐した。無理もない、すし詰め状態だったのだ。
 するとどうだろう。いろんなところから、ハンカチがタオルが飛んできた。
 「これ使って!」「赤ちゃんもうすぐやで〜」
 僕も、自分のハンカチでお母さんの吐瀉物で汚れた袖を少しだけ拭いた。

 「困った時はお互い様」「せっかくだから、楽しくいきましょう」

 こんな言葉が交わされていた。なんと、ピースなことだろう。
 心があったかくなった。


 人間は、苦しい時こそやさしくなれる、そんなことを実感させた
 ささやかな帰省電車のひとコマだった。

 いま、世界では戦争が続いている。
 暴力によって、武力によって、強制力によって、ものごとの解決をはかろうとする。これに対して、話しあいによって、人びとの連帯によって、
 協力によって、ものごとを解決し発展させていく。これこそ、21世紀に人類が歩むべき道ではないだろうか。
 それを平和というのなら、僕は内側から湧き出てくる平和への思いを大切にして、毎日を過ごしていきたいと思う。

 家族が、地域が、まちが、友人が平和であるために。
 このことにこだわる1年にしたい
 
 ささやかだけれど、1年の日記の出発にあたっての決意としたい。


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