世を忍ぶ仮の日記
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2001年12月31日(月) |
なんだかとても眠いんだ、パトラッシュ |
昨日10時くらい眠気ピークを迎え、さっさと眠る決意を固める。 眠ったのが1時だったような気がするが、何をそんなに手間取ったのか不明。というか眠すぎて記憶喪失。 「早く起きるから堪忍してー」 ていうところまで記憶にあるんだが。
だが、今まで長い間ピアノ人生歩んできて、自分が最近「レッスン前になるとやたらと眠い特異体質」であることをぽっかりと忘れていた。 見事に電車1本逃してピアノに触る暇無く先生宅到着。 そこで私は気が付いた。 そういえば先生って学校では妙なテンションになるけど、自宅だと割とシリアスキャラでせめてくるんだった。笑いで逃げられない。 レッスン室で待たされること多分15分くらい。 先生が変な声で登場。 あああ、風邪をお召しになっていらっしゃるのね、と私はたいへん心苦しくなる。 終わって 「こんな演奏あんまりたくさんの人に聞かせるもんじゃないよ。教育上よろしくない」というイヤミをいただき更に心痛くなったところに 「いやあ、昨日同窓会で飲み過ぎてはしゃぎすぎちゃって声が」 とカラカラ笑う先生。 「え?…風邪だからじゃなかったんですか?」 私の心を返してください。 いや、でもヘタレな演奏にかわりは無いので反省はしとります。でも以後この反省が生かされるかどうかは不明。
帰りがけ寒かったです。普段あまり手は冷えない体質なんですが、そんな体質をもってしても辛いくらいに寒かったです。エネルギーが不足している所為もあったでしょうが。 寒空に放り出されると、こんな寒い日は、年末に無くなった祖母の事を思い出して、ふと、人前でも涙ぐんでしまうのでした。2年前だったかなあ。私が毎年のように帰る日を延ばしていたら、帰る日に母が「塗れ甘納豆買ってきて」て言って、何故か気分で一番大きな塗れ甘納豆を買って帰ったら、ちょうど私が病院着いた時に祖母が息を引き取ってしまっていて。祖父が亡くなった後はじめて恋したのが担当医だった祖母は、担当医に見とられて臨終を告げられて、幸せだったのかな。でも最後まで塗れ甘納豆が食べたいと、糖尿なのにずっと言っていたらしい。食べさせてあげたかった、塗れ甘納豆。というわけで以来塗れ甘納豆が食べられません。 お正月になる度に、この世で一番美味しかった祖母の黒豆思い出すんだよね。ホロリ。
まあ、思い出はこのくらいにして、駅に着きました。 年末の買い物シメをやろうと。 そうしたら物凄い人で買う物をことごとく間違えました。 とりあえずネギを前日買っておいて正解だったわ。 まずレッスン終わったから軽く何か食べたいと思ってもものごっつ混んでるか閉まってるかのどちらか。あとは寒空に放り出されるか。 とりあえずモスバーガーに入り(駅から一番遠いぜよ)ライスバーガーかきあげ(塩)とクラムチャウダーでほかほかにあったまって美味でご機嫌になった後、父から「やっほう!」と私より誕生日に浮かれた電話が入りました。あまりの浮かれっぷりに当人絶句するくらい。しばし歓談の後、父が買ったばかりのノートパソコンをふんだくることに成功。やっほう!(思い切りはしゃぐ)。まあ、いつ送られてくるかは不明なんですけどね。うふふ〜ん。 珍しく身も心も温かくなったところでようやく買い物戦争突入。 10分後。 ものの見事に勝負に負け、ズタズタになりながらソバを買い忘れていることを思い出す。 帰りがけに違うスーパーでソバを買い直し、ふとネジが吹っ飛んで気が付いたらスパークリングワインを買っていた。 荷物、とても重くなったところでまた懐の寒さからか、体が冷えてくる。通過電車が吹きすさぶ風が身に沁みる。 とぼとぼと家に帰って、今度は母と電話しながらテレビを回し見つつ「こういう年末良いねぇ」と二人でしみじみする。いやあ。去年の大晦日は荒んでいたからねぇ(遠い目)。 しんみりとじんましん話をしつつ、気が付くといつものように食べ物の話題に飛んでいたのであった。 既にソバを食べたという実家が無性に腹立たしくなってソバを作って食べ、カウントダウンの頃にスパークリングワインを明けて新年に突入。 こんな年越しはじめてっ(はあと)
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