エアーポケット
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SEXと気持ちは別。恋愛と結婚は別。恋と愛は別。そこで行き詰るともう先へは進めない。じゃぁ一緒なものってなんだんだ。肉体関係だけで愛へはたどり着けない。しかし人間の根源は動物でありそこを通らなければいけない。DNAが求めてるものを自ら断ち切ることは不可能。そう所詮動物なのだからそれは非常に重要度の高い行為。そういう風に割り切ってSEXを繰り返し恋を繰り返す。それは愛とは呼ばない。 人は恋愛し結婚にいたる。そして子供を造り家族を形成する。そして日々の生活に埋没しもうお互い気持ちがなくなっても、子供のためと思い生活をしていく。それは愛とは呼ばない。 恋は墜落するもの、愛は高みへ昇っていくもの。だから愛に落ちたなんて言葉は誰も使わない。突き詰めると相反するものなのかもしれない。 信じるということにどれほどの価値があるのか、浮気は男の甲斐性という女性がいる、その後に気持ちが離れないのを信じてるからという風に付け加える人がいる。そういう女性はけな気だが哀れだ。とどのつまり相手を想うという行為より、自分を守るという行為が先行している証拠である。自己愛の最たるものだ。お互いの関係で重要なのは信じることよりも、ただ疑わないことのほうが重要なのだ。
会社の後輩の結婚生活が危ぶまれている。お互い会話がなくもう離婚の話も始めているらしい。子供がいる。彼は子供のために結婚生活を続けて行きたいと、願っている。彼女は先日ついに離婚届を突きつけたようだ。彼は子供がいなければとっくに別れていると言う。子供にとってはもの凄く迷惑な話だろう。彼女の行為はしごくシンプルで懸命だ。もう愛はないから別れるのとそれを修復しやり直すこと。愛とは修復可能なものなのかもしそうなら彼に頑張ってもらいたい。しかしそれは愛と呼ぶのか・・・。
日々の生活に埋没し、気持ちがあるのがどうかも確かめる行為もできずに想いを満たし、肉体を満たす。おそらく確かめるのが怖いからに他ならない。愛は無かったとうな垂れるのを恐れているからだ。
同じ空気を吸い、同じものを食べ、同じ場所で眠る。 愛とは 『時の流れに関係しているのではないか。』
と思う。
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