エアーポケット
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2005年01月20日(木) |
こだわっていけること |
年賀状・・・ちょっと時期はずれかけのテーマだけど、去年あたりの年賀状から、自分なりにとても凝った仕組みで作ってる。読む人がどうであれ、友人へ出す年賀状は自分なりに熱い演出を施している。会社用へ出すにはちょっと気が引けるので会社用は別に作ってるのだけど。 年賀状をもらって思うことっていうのは「へ〜この人から来たか〜。へ〜最近はそうなんだ〜」みたいな感じで「へ〜」止まりの感想になってしまうんだよね。
例えば僕の年賀状、今年はこれでもかっていうくらい、文字が多い。ある程度の時間を生きてきて、今っていうのはなかなか会いたい人に会いたいときに会えない時期なんだと思う。だからこれを機会にって感じで伝えたいことは山ほどあって、僕の中でもあれはあれで、もの凄く文字を削ったんだけど、やっぱり難しい。
一番伝わるやり方っていうのは、シンプルに真っ直ぐにがベストなんでしょう。でも僕はあまりそこを通らない。こだわりを持ってこの言葉を使う、みたいにちょっとした自分のこだわりを添えてしまう。だから、伝わる人だけに伝わればいいとも思ってる。ある人にとっては素通りしたのかもしれない。でも自分から放つことが重要かなっていうのを思ってて、そしてそれをキャッチしてくれる人にだけ伝わればいい。そんな風にも思ってる。 年が明けて、友人に会ったときに『どうしたん?あの年賀状すごいね。』とか、メールで『ちょっと感動』とか、わざわざ電話をくれた奴とかがいてくれて、素直にとても嬉しかった。
友人から、『盗作か?』っていう風刺を交えたブラックジョークも飛び出したけど、それはそれでちゃんと理解してジョークを言ってくれてるから面白い。無論、盗作ではない!w
毎年来る新年の挨拶で、ただ時間を刻んでるだけのこと、太陽だって同じように昇って暮れる。だけどそういう機会があるなら、喜んで使わしてもらおう。といった感じで大切にしたい習慣だとも思います。
☆あの手のものっていうのは女性にはウケがあまり良くないらしい。女性たちからの感想はひとつもなかったです。まぁそれはそれでw
たくさんの選択肢があって、今の僕にはここしか通れないなと思う。それが他人からは、果てしない回り道に見えても、自分には一番の近道だと思ってる。で、どこへ向かう近道?
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