日記
日記です。なんかあれば書こうと思いますです…。

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2007年01月04日(木) 教育


家の本棚に「137教育のキーワード」時事通信社があったのでよんでみた。学校って学問をやるところだと思っていて学問が最優先だと思っていたりするんだが,これをよむと学校というところは社会がどうたらとか家庭の育児環境がどうたらとか企業がどうたらとかそういう要請で変化しているのだとわかる。学問的見地からの要請で変化したことはない。日本人はあまり勤勉じゃないから別に不思議なことではないが。

サブで部活とか地域奉仕だとか家庭の育児支援だとか企業研究だのをやりたいだけ人が任意でやるのはかまわないことだが,文科省がもっている以上やっぱり学校は学問をやって世界がどうなっているのかとか人間とはなにかとかを解明する場所であるべきだと思う。

どうしても学校に地域活動や家庭の育児支援や企業論理を導入したければ厚生労働省の管轄にして学問をやらなくていい学校に作り直すべきだと思う。

なにがいいたいかというと幼稚園と保育園は似ているようで違うということがいいたかった。

最近思うんだが,日本の学校のレベルを落とそうとするのは企業勤めのサラリーマンが新入りを管理しやすくするためなような気がしてならない。だって新入りが「すいませんボス,この日有給休暇とりますね。」「だめだ,とらせない。働け。」「それはおかしいですよボス,有給休暇っていうのは労働基準法で認められた労働者の権利で,労働する以上いつなんどきでも数少ない有給休暇をとる権利があって使用者もそれに従わなくてはいけない,ってあります。だからボスにとらせないなんていう権限はない。ボス,あなたは違法だ。」なんていいだすことを恐れているんじゃないかと思う。だから僕らをバカなままにしておくんじゃないかという気がするんだが…。

ちなみに,女性も育児休暇3ヶ月は3ヶ月とっていいことになっているし,これからの世の中ますます増えるであろう介護休暇も3ヶ月とることができる。

もちろん,休まれるとどうしても絶対に困る場合は使用者側が別の日程にずらしてくれないかと打診することは許されている。年休がそうだ。

もちろん労働者に休暇をとりまくられると企業(というより社会)だって困ってしまうわけで休暇をとるタイミングが均等になるようにしなくてはいけないという必要性はあるんだが,有給休暇の消化率を低めるために学校の教育レベルを落としているのではないかという気はする。

他には遅刻3回で1日ぶんの給与を払わないというのも,労働基準法で考えると違反になることもある。減給処分は許されているが労働者が生活に困らない範囲に限るとされ,給与の半分以上を減給することはできない。ただ,きまった時間までに出社することは,職種によってはとても大事だ。プログラマにとってはまったく重要でないがSEになる場合はあれは営業職だから遅刻=クビを表してもいいほど重要だ。しかし,減俸の規定については制約条件を満たさなくてはいけないというきまりがあるということだ。

それからリストラについても,労働者側に明らかな不備がないとリストラさせてはいけないとある。会社の金を使いこめば問答無用でクビだが,会社が不況なので社員を減らします,まぁとりあえず今年入った社員あたりから減らしましょうかはまかり通らない。リストラをするなら「いつ,なぜ,どのように」を明確に説明する責任が企業にはあり,それができないならその企業はブラック企業ということになる。

こんな知識を大学生がつけられたら新入社員が使いにくくて仕方ないということになり,物知らずでもいいから企業が扱いやすい学生にしてほしいという企業論理はあるのかもなという気は最近する。大学と高専の就職ガイダンスで一言もその説明をしないあたりからそういうことはひしひしと感じる。受かるまでは面倒みるがその後そういう問題に巻き込まれた時にどういう法案を武器かつ防具にすればいいのかを理解していないからミスマッチ就職ということになる。事前準備において労働基準法を企業がどの程度守っているかは企業がもっている資本金やバイトの経験をどうPRすればいいかよりも重要だ。

そういう僕は大学院進学希望だったりしてなんか編入で少数派で院進学も少数派かもしれなくてなんか高専いこうってきめたときからとっても少数派な人生送っている気がする。そのうちダーウィンの法則で消えちゃうかもな…。

ではでは。

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