Mother (介護日記)
Index|Yesterday|Tomorrow
今朝起きてすぐに母の部屋をのぞくと、母はまだベッドに寝ていたが、 ふと見ると、テーブルには朝食のパンとバナナとトマトが載っていた。 でもまだ一口も食べた様子はない。 準備だけして、寝てしまったようだった。┐(  ̄〜 ̄)┌
毎週土曜日はデイサービスの日なので、 昨夜は寝る前にテーブルにメモと、お迎えのマイクロバスの写真を置いておいた。 「毎週土曜日はデイサービスの日です。8時半にお迎えが来ます。」 母はそれを読んで早めに準備をしたつもりなのだろうけど、 本人は既に忘れているらしかった。
取り敢えずは起こして、食べるように言った。
ところが30分ほど経って見に行くと、 食べかけのまま、また寝ていた。�堯福陰Α院叩叩� 「早く食べないと、お迎えの車が来ちゃうでしょう?」と言うと、 「どこへ行くの? 何しに行くの?」と言う始末。
ここでまた『首掛け』の登場。 大きな札にデイサービス云々と書いたものを首から下げて、 必要な時に見ることができるようにしてあげる。
母は右の肋骨の下がたびたび痛むらしく、 座っているのに疲れるとすぐに横になってしまう。 横になればすぐにウトウトし、目が開けば、カーテンをめくり外の景色を眺めている。
用がなければ寝ているということが多い。
朝、顔を洗って着替え終わるとまた横になってしまい、次に起こしに行くと 「あら? もうこんな時間?」と、今初めて起きたようなことを言う。 そのため、家族に「おはよう」と挨拶をしても、数分後に顔を合わせると 再び「おはよう」という。(^_^;)
レフティーが夜、仕事から帰宅すると「お帰りなさい」と言うが、 「あらレフティーさん、こんばんは」などと言うこともある。
居間に連れてきてテレビを見せたりもするのだけど、 ただ「私はこの俳優さんが好き」だとか、 ニュースの一部を聞いて「怖いねぇ」などと少しのコメントをする程度で、 ドラマなどを見ていて、たまに笑ったりすることがあっても、 ストーリーまではとても把握できていないようだ。
絵本を読むように言っても、ただめくるだけで、 文字を追ってはいても、物語として“読む”ことはできないので、 すぐに飽きてしまい、いつの間にかまたベッドに寝ている。
トイレで汚れたおむつを脱げば、その場でズロースだけ履いて、 部屋に戻ってもおむつを履くことをすっかり忘れている。
家族がトイレに入った時に、おむつが置き放しになっているのを見て、 「ば〜ちゃん、おむつ、新しいの履いているかな?」とチェックをする。
それはお風呂でも同じで、 脱衣場におむつが置き放しになっていて、母をチェックすると、 おむつどころかズロースも履かずに、いきなりパジャマのズボンだったりする。
汗をかいて脱いだものをベッドの柵に引っ掛ける。 夕方、取り込んだ洗濯物をたたむように言うと、自分の物はベッドの柵に引っ掛ける。 つまり、ベッドの柵にはキレイなんだか汚いんだかわからないものが、何枚か引っかかっている。 靴下は、脱いだものも洗濯が終わったものも、ベッドの足元にある。 それぞれ、洗濯をした私が選り分けて引き出しにしまったり洗濯に出したり・・・
会話の8割は無効。 そのうちの半分は補聴器をしていないために、通じていないもの。 残りは、言ったそばから忘れてしまうというもの。 そのため、家族は何度も何度も同じことを言わなくてはならない。 だから、何でも書いて渡すことが多い。
また、暑い寒いの感覚が鈍くなり、夕方早々に窓を閉め切ってみたり、 お風呂の温度を上げたり、ゆっくり浸かって出てきて、湯上りにまた汗をかいたりしている。
してはイケないこと、しなくてはならないことがあるが、 母は寝たきりではないので、私も付きっきりでもなく、 その中途半端が非常に大変だったりする。
『何もやらなくていいから寝てろ』という方がはるかに簡単なようだけど・・・ 家族が手を出すことが多くなれば、 ますます自分でやらなくなるだろうし、考えなくなるだろう。 痴呆を進めてしまうのは『何でもやってしまう周りの環境』だと言うね。
何だかまとまらない今日の日記・・・
|