Mother (介護日記)
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2002年11月09日(土) 面会。

昨日の日記、書き足しました。 長ぁいです(笑)


 * * * * *


今日は絹江と一緒に病院に行きます。

絹江のガングリオンが既に膨らんでしまったので、また抜いてもらいたいとのことです。


 * * * * *


しかぁし、起きたら10時過ぎ。

徒歩+電車+タクシーでは、とても受付時間内に間に合いそうにないので
ガングリオンはまた来週に。
来週ならちょうどレフティーが休みだから、連れて行ってもらえばラクだ。


 * * * * *


今日はゆきっちとSPAに行っていたので病院に着いたのは4時だった(^^ゞ

母はなんとなく元気がなく、
「アリュちゃんがいないと寂しくて死んじゃう。 自殺しちゃうから」 とまで言った。
なんてことを言うんだ。聞く方の気持ちも考えろ(-_-;)
他の2名の患者さんにも、聞こえただろうか?

ま、自殺するって言ったって、今の母にはその方法さえ考え付かないことだろうが。

私が荷物の入れ替えをしている間にサイコロの足し算をさせて、
その様子をビデオに撮った。
今日は三脚も持参して、10分ほど回しっぱなしにしていた。 

酸素のパイプを一旦はずして下着とパジャマを替えながら、
動いたついでにトイレ。 おむつが濡れていた。
なんとなく、母の体が熱いような気がした。

母は、元々、手が温かい人だが・・・ 微熱があるのだろうか?
それとも、入院後の反応(ボケの進行など)なのだろうか?
なんとなく動きが鈍いような、口数が少ないような気がする。
それに、ベッドの頭の上の荷物を動かした形跡がない。
また、テレビ台の引き出しや、その下の扉も開けた形跡がない。
持参したポットのぬるま湯の残量を見ても、あまり減っておらず、
その前に空の吸い飲み(透明なガラスの急須みたいな、アレ)が置いてあった。

去年の入院の時には、私が持って行った荷物を確認したり移動させたり、
足りないものを催促して、うるさいくらいだった。
だからこそ、あの“入院時に必要なもの”のリストができたわけだが・・・

現金も多少持たせてあったし、
毎日赤いポシェットを下げて売店に通う母の姿は有名になっていた。
売店では、お菓子やデザートや飲み物などを買っていた。
私が行くと「お前のために買っておいたから食べなさい」と言うのだった。

テレビを見るためのテレビカードも、機械で買っていた。

持っているお金が足りなくなると「○○円置いて行って」とせがんだ。

しかし、この1年、母はお金を触っていない。
決して無理に取り上げたわけではなく、
(そんなことは不可能だし、そんなことをすれば一層執着するに決まっている)
不思議なことにまったく興味がなくなってしまったのだ。

母はモノを買うためにお金が必要だと言うことはわかっているが、
自分のお金については、すっかり忘れてしまっている。
あれほど被害妄想がひどかった母であるのに、
今は「私のお金はどこにあるのか」とも聞かないし「欲しい」とも言わない。

実際、私たちは母のためにかかる費用を、母のお金から出しているのだが、
新しい服を買った時には「悪いわね、お金を使わせちゃって」 と言って感謝する。
私はそこでいちいち、母のお金から出していることは説明していない。
なんとなく詐欺っぽくて後ろめたい気がするのだが・・・

これは、それだけ母の気持ちが満たされているということなのだろうか?
単なるボケの進行なのだろうか?


そんな母の反応の鈍さが気に掛かったので、ベッドから降りた方が良いと思った。
「ご飯までに少し時間があるから、お散歩しようか。」

「行かない・・・」

(@_@;) 行かない?

この言葉はいっそう私を不安にさせ、無理にでも連れ出したくなった。

「行こうよ、屋上。 昨日も海を見たよね?」

「そうだね、じゃ、行こうか」

そうそう、脳に刺激を。

そこで問題が発生。

昨日乗った車椅子に積んだボンベの酸素の残量が赤表示(無し)になっていることに気付いた。
母は既にベッドから降りる体制に入っている。

・・・ええい、酸素無しで行ってしまえ。

体を動かしたことで、母は咳き込み始めた。

・・・これは、酸素をはずしたからではない、と自分に言い聞かせていた。

廊下に出ると、母のセキは病棟中に響き渡り、
ナースステーションを通過する時、呼び止められるのではないかと私はヒヤヒヤしたが、
無事に通過し、エレベータに乗り込むことができた。
まるで、ドラマの悪役のようだなと思った(笑)

昨日よりも1時間遅いので、空はすでに暮れ始めていて、
屋上は風も出て来て寒そうなので、さすがに外に出るのは辞めておいた。

食堂の窓からでは非常に視界が狭くなったが、それでも母は喜んだ。
セキもやはり静かになった。
階段の窓に移動すると、また別の角度から街が望めた。

空は、淡いピンクと紫色に染まっていた。
「キレイだね〜 (^▽^)/ 
 この色が見られるのは今だけだよ。 すぐに暗くなっちゃうからね〜
 いやぁ、いいねぇ。 ここは高いところにあるからね〜 いい眺めだぁ♪」

やはり、無理にでも連れて来て良かった。
自分から積極的に話すこと、見たものを自分の言葉で説明することにつながった。

私たちは10分以内に病室に戻った。


夕飯。
今日は最初に「ご飯が多いな」と言った。
3分の1ぐらい食べて、あとは残した。
シャケのタルタルソースも一口だけしか食べなかった。

私が後片付けをしている間に、母はもう眠くなってウトウトし始めてしまった。

あらら、寝ている間に帰ってしまったら、それもまた混乱になりかねないし・・・
困ったな、と思いながらも、電車の時間まで待つことにした。

その間に私は紙にメモを書いた。

 “ 『早く家に帰りたい』 と言うけれど、
    家族は『早く帰ってきて』 と思っているのだから、それを忘れないでね。

   『病院は嫌だ』 と言うけれど、看護婦さんは皆やさしいし、
    食事は毎回おいしいし、屋上からの景色は最高なのだから、
    せっかくのこの機会を楽しまなくては損です。

    毎日を楽しく過ごすか、つまらないと思って過ごすかは、
    結局、自分の気持ち次第です。

    楽しいと思っている人は、
    いつもやさしくて、ほがらかで、明るい顔をしています。”

書き終わった時、物音で母が目を開いたので、読んでもらった。

「そうだね、ホント、そうだよ。 気の持ちようだよ。」

私は、入院グッズの中に手鏡が入っていたことを思い出して、母に差し出した。

「見てごらん? 良いお顔、してるかな?」

母は、掌大の小さな手鏡に向かってお決まりのピースをしてニッコリ笑った。

「いつも笑顔でいる人は、笑顔が自然だよね」 

そうだね。

「眉間にシワを寄せてるような人は、お友達が逃げて行っちゃうよ」

「うん、ホントだね。 いつでも最高♪」 と、またピースをしていた。

「絹江ちゃん、待ってるかな? そろそろ帰る?」

「そうだね、寒くなるし」

昨日とほぼ同じ時間。 気付くと、面会終了の放送が流れていた。


 * * * * *


母がいないと調子が狂ってしまう。


朝は、決まって部屋を開けて「あ、そか、入院してるんだっけ」

しばらく経って、ゴミを集めながら母の部屋に入り「あ、いないんだっけ」

居間を出るたびに、母の部屋を見る癖が付いている。

病院からの帰りに寄ったコンビニでデザートを選びながら、
「私はこれ、レフティーと絹江はこれ、ばぁちゃんには・・・」と考えている私がいる。

夜10時になると、ケータイのアラームが鳴り出す。
夜の薬と入れ歯の洗浄の確認をして、母をお風呂に入れる時間。


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