Mother (介護日記)
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| 2003年03月31日(月) |
入院8日目 ( 看護婦「島さん」とのお別れ ) |
起きたらお昼だった(^^ゞ
洗濯して、お風呂を沸かして、炊飯器のタイマーをセットして・・・
夕方4時過ぎ、電話でタクシーを呼ぶと、 あいにく小型が出払っていると言うので、中型でも構わないと言った。 料金が多少高くなるが仕方ない。 だるくて、以前のように電車との併用もしたくない。
「いつも、いくらで行くの?」 「小型で2300円ぐらいです」 「毎日じゃ大変だね」
そう言って、途中でメーターを止めて、ご好意で小型料金以下の2150円にしてくれた。
* * * * *
病棟のエレベータの前で看護婦に会った。
「私、今日で退職するんです。」
え〜 �堯福陰Α院臓�
廊下ですれ違うたびに会釈を欠かさないにこやかなかわいい看護婦さんだった。 たくさん話しかけてくれるので、母も大好きな看護婦さんだった。 つい最近、外来でお願いして、ツーショットを撮らせてもらったばかりだった。
「私は看護助士なので、まだ何もできないんです。 それで今度から看護学校に行くことになって、3年後に戻ってくるんですけど。 お母さんとは、以前に2階の病棟に入院された時からのお付き合いで・・・ 一時、とても元気になられたのに・・・でも、奇跡はきっと起こりますから!」
あぁ、他の看護婦にもぜひ見習って欲しい。 私たち患者が求めているのは、これなんだ。
廊下ですれ違っても、こちらを見向きもせずに通り過ぎる看護婦は、当然、 こちらの会釈にも気づくことはできないし、患者の名前を積極的に覚えようなんて気はない。 もちろん、家族に対して「最近いかがですか?」などと気遣ってはくれないし。 診察室だけが仕事だと思っている人と、そうでない人の違いと言うのか。
「大変お世話になりました。 母もあの写真をとても喜んでいます。 あぁ、お名前をまだ伺っていませんでした・・・」
「あ、島と言います。」
「島さん。 本当にありがとうございました。」
お別れは誠に残念ではあるが、彼女の今後の活躍を心からお祈りしたいと思う。
* * * * *
母は、今日も落ち着いてはいるようであったが、 「怖いから、ありゅちゃんと一緒にいる。 逃げる時もありゅちゃんと一緒にいる。」 などと言い出した。
「戦争が始まったって。怖いよう。」
あぁ、そういうこと・・・それにしてもテレビも見ないのにどうして? 新聞紙を折りたたんだ簡易ゴミ箱の記事の見出しでも読んだのだろうか?
「あぁ、戦争ね。もう終わっちゃったよ。だから怖くない。 ほら、青い空だし、飛行機の音も聞こえないでしょう?」 大正生まれの母は戦争体験者であるので、具体的な怖さが思い出されるのだろう。
* * * * *
不安な気持ちを逸らすべく、 絵合わせパズル(ジグソーパズル)をやらせることにした。 病院に持ち込んだのは、ドラえもんの14片。 先日書店で買って来たのが20片。 幼児向けではあるが、母はとても好きで、これまで自宅では40片もクリアしていた。
見ているとなかなか進まないので、非常にイライラしてくるのだが、 母は真剣な顔で一生懸命考えて取り組んでいて、 完成した時に喜ぶその無邪気な顔はとても微笑ましく、 「できたね〜良かったね〜頑張ったね」と私も素直に拍手してしまうのだった。
* * * * *
今日も結局、担当医に会うことはできなかった。
見た目、特別悪くなったとも思えないが、良くなったとも言えない。
入院当日は「延命治療」について意思確認のために、帰宅後にわざわざ呼び出されたが、 あれは一体なんだったのだろうか? それほど緊急な事態だったのだろうか?
その後、どうなっているのだろうか? 退院はできるのだろうか?
私は昨夜の寝る前からやや微熱気味。 病院で計ったら7度だった。 早く寝よう。
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