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■ 「裕福」≠「幸せ」
人に「幸せ」を語るとき、その人の「幸せ」は何かを本人に聞いてみないといけない。 当然のことのように感じますが、出来ないことが多いだよなぁ〜と、 そう思っている やが@Eight_Child です。
幸せにしてあげられないからと・・。 去った貴方は、私の一番の幸せをも奪ってしまった。 私はただ・・。 貴方と一緒にいることが幸せでした・・。
以前、やがが書いていた戯言のなかの一節です。 例えば、親が娘の結婚相手に好青年をすすめたとしても、その娘さんにとって本当に幸せなのかは、分からないところです。
人生の中で「裕福」が「幸せ」かというとそうでもなく、「苦労」しているから「不幸せ」ってわけでもなく・・。 やがは今までの自分の人生を「裕福だった」とは言わないけれど、決して「不幸」ではない、あえていうなら「苦労人」であって、いろいろな人たちに出会えて、経験ができて「幸せ」であったと思っています。 きつい時期もあったし、哀しい事件もありました。 傷つくこともあったし、傷つけることもあったでしょう。 でも、自分が痛みを感じたことは人には味あわせないように・・。 これが、やがのささやかなモットーでもあります。
人は、傷ついた分だけ優しくなれる。
優しいって生半可な誉め言葉より、やがは「思いやりがある」と言われたい。 でも、人に指摘されるような「思いやり」は、やっぱり「思いやり」ではないのだから、ただ静かに友人たちを見守りたい。 直接語りあうことを良しとする友人には語ろう。 指摘を望まない友人には、そっとフォローしよう。
久々に日記内容が重いですなぁ(笑 でもこれを再度考えるに至ったきっかけが、 「忍空」っていうアニメだったってのは内緒の話(爆
2003年12月12日(金)
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