日々是変化...遊丸   
炎の蜃気楼(直高小説、イラスト等)&犬夜叉(弥犬小説、イラスト等)ファンサイト『七変化』の日記
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「性」と書いて「サガ」と読む
- 2003年11月25日(火)


00:23。

英和辞典で「sex」と紐解くと当然のように「性」と出てくる。
だけど、国語辞典で「性」を見ると最初に書いてあるのは「うまれつき、さが」という意味だ。
例えば「性格」「天性」「性質」などなど。


「人間の本当の姿というのは、究極の間際になって現れるもの。エロシーンにもそういった究極にあい通じるものがあり、そこでは人間のサガが浮き彫りにされるような気がする」


先日お会いしたエロ小説の先生がそんなことを言っていました。
(そう言えば先生のペンネームも本名も聞いてなかった・・。こちらから聞くのも憚られるし・・私も名刺すら出さずに・・変なの/笑)

そういう人のサガを突き詰めたくて書いている、みたいなことを言っていました。

今日は何もエロを論じるつもりではなく。
その先生もどうやらエロばかり書いているわけではないようで。

それで・・・色々、衝撃的な体験談なども話してもらったわけです。


人を殺す時、男は射精するものだ。


とかね。
そういう話が嫌いな人はこの先読まない方がいいでしょう。僕も好きじゃないですけどね(笑)。特にグロい話ではありませんが、別に僕は趣味でそういうことを書くわけじゃないと理解して下さい。

知らなかったのですが、よく言われてることなんだそうですね。この人を殺す時云々て。もちろん、この先生が人を殺したんではなくて、人を殺した人から聞いたんだそうです。

週刊誌だか何だかの仕事で、保険金殺人の請負人を追うという取材で東南アジアの某国へ赴き、そこで黒幕らしき人と面会した時の話をしてくれました。

その人は日本人で、確かに日本の保険金殺人の請負人だった(但し自分で手を下すわけではない)らしいのですが、ここではその話はさておき、私が印象的だったのは、この人が先生と少し打ち解けた後に先生に話したと言う自分の半生。

この人、元は日本の自衛隊員だったらしいのです。しかも、防衛大卒業のエリート。
だけど、生温い日本の生活に失望して東南アジアの某国に渡り、外人兵として軍隊に入ったのだそうです。
そうして現地のゲリラと戦ううちに、初めて人を銃で撃ち殺したのだと。

そして、言ったのだそうです。
人を殺す時、射精するって本当なんだ、と。

・・銃を向けられた人が失禁するっていうのは漫画なんかでもよくあるシーンですが、銃を向けてこれから人を殺そうとする人は、射精するもんなんですね。失禁でなくて・・射精。

それで、その瞬間思ったそうです。
自分はこういう生死をかけた緊張の中でしか自分の存在を確かめられないのだと。

それからは、人を殺すのが快感になってしまい、殺すほどの必要がなくても殺してしまうようになったのだとか。
その後、彼は色々あって今(取材した当時)はクスリ漬けで、しかも体を病んでいるとのこと。


「イッちゃってる」と、先生は評していましたが、でも彼は確かに人が見たことのない究極を垣間見たのだろう、とも言っていました。常人には見ることのできない、人間の突き詰めたサガみたいなものを。自分はまだ知らない何かを見たのだと思うと、少しだけ羨ましくもあると。

物語なんて所詮作り物だし、適当なストーリーならいくらでも書ける。だけど、書かれたものがどれだけ真実を表しているかはわからない。何も体験せずに書くことはできるが、そうして知らずに書いたものが果たして「真実」なのかどうか、と。


それは、僕もよくわかるつもりです。様々な物事に遭遇し体験することに対して価値を置くのは僕も同じつもりです。だけど、やはり疑問を覚えることもあり・・。


この話を聞いてふと思い出したのが、僕が以前ほんの一時期、某編集プロダクションにいた時のこと。
そこの先輩がこれまたもの書きの典型のようなお人で。何を思ってか、昔、犬を殺したことがあると言っていました。きっと何か、日常の中では見えないものを見たかったのでしょう。だけど、殺した後、酷く悲しくなって泣いたと言っていました。


・・優しさって何なんだろう、と、思わず考えてしまいます。
人に対する優しさとか思いやりなんて本当は存在しないものなのかも知れません。
他者と争って、他者を葬りさることで己を生き長らえさせる、それが人の究極的なサガなのかも知れません。

だけど。
人の究極的なサガって、そんなに重要なものなんでしょうか?
世のもの書きがこぞって垣間見ることを欲するほど重要なのでしょうか?

もちろん、人間の本来の姿・・という意味で見つめる必要はあるでしょう。
でも、そんなサガを乗り越えたいという思いがあれば、僕はそっちの方が重要なのではないかという気がします。サガなんて変えられるものじゃないとしても、それすら関係ないんじゃないかと。

もっとも、そのサガすら知らなければ、人の思いも表すことはできない、ということなのか。
僕は無理やり「善」に持っていくのは嫌いなので、何とも結論づけないでおきましょう・・。





...




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