★K's FieldDiary★
DiaryINDEX|past|will
| 2007年10月26日(金) |
私のとっての野鳥の会 |
私の溢し続ける「愚痴」によって、このような書き込みがなされている事、 よくよく理解しております。まことに申し訳無いと思います。 私自身が、事の本質を理解せぬまま行動している事に問題があるのです。 理解できていないのだから、私から迂闊に応答できる問題でもないのです。
皆様がお書きのように「会」なり「組織」なりであれば、その活動自体に 「定義」が存在しない訳が無いと私も思います。 しかし、今現在私が知り得ている「野鳥の会という組織のほんの一部分」に おいて、私から他人様に何かご説明出来るようなものがあるのか?と言うと 何も無い。。。。 応答しようとすればするほど悩ましいのであります。
以下、 お題へのお答えにはならないとは思いますが、 私個人が「野鳥の会」なる団体にどのような思いを持って参加しているの か、少し書かせていただこうと思います。
1、私の「入り口」 30歳をかなり超えた15年ほど前、大恩人「栗●大先生」の案内された地元町 内の自然観察会に参加し、生まれて初めて「野鳥の会の会員さん」に出会い ました。大先生も参加者の皆さんも、その趣味の世界において大変素敵な人 達でした。この人達と出合った事で、私如き朴念仁が「野鳥」なるものに興 味を持ったと言っても過言ではないと思います。
興味を持てば後は「知的ゲーム」です。道具も買い揃え、書籍も漁り、昼休 みに脱走を繰り返しながら、自分なりに野鳥にアプローチを始めました。 しかし、ナカナカ「楽しい」という所へは到達できません。そんな時間を過 ごす中、もう少し具体的に私を導いてくださったのも、やはり地元の先輩方。 すなわち「野鳥の会の人」達でした。
2、私の「入会動機」 「だから入会した」ってのも少し違います。先輩方から「入会せよ」等とお 誘いを受けた事はただの一度もありませんでした。私の打算で、「入会すれ ばこの人達ともっと親しくなれるかもしれない」と考えた事は否定できませ んが、「野鳥を観ようとするならば、当然野鳥の会に入るものなのだろう」 と、ただただ単純に思っていたのです。
正直に書くと、今でもそんな思いを持っています。 「何で野鳥観察に興味があるのに、何で野鳥の会に入会しないのだろう?」 「何で勢力争いのような事で角突き合わさねばならないのだろう?」 「どうせ旦那芸。楽しければ良いじゃないか」と、本気で思っています。 「野鳥の会」がナンであるかを突き詰めて考えられない理由は、そのあたり の私の馬鹿さ加減にあるのです。
3、私の「入会後の動き」 入会したからと言って、何か良い事があったわけはありません。 本部からの「野鳥」誌と、広島支部の支部報「森の新聞」や「年報」を手に するようになりましたが、そこにある情報は「鳥を見たい」ばかりの私にと って、即物的に役に立つようなものは何にもありませんでした。
こんな事を書くとお叱りを受けそうですが、その当時の私のレベルが「その 程度」だったと言う意味です。
「探鳥会」は「敷居高い、ベテランさん達の定例集会」でした。「野鳥情 報」は『隔靴掻痒』で、「調査活動」は当然私の「分」ではありません。 「諸行事の案内」も当然「私如きが・・・」で、「総会」は偉い人達の会議 でしょ?「支部事務所」なんて、やくざの事務所並みの所で、「事務所当番」 の人が待ち構えている「野鳥図書館」へ行くぐらいなら、自分で買って読ん だ方が落ち着くし、そんな人が集まる「封筒詰め例会」なんて手伝おうなん て気すらおきませんでした。
会の活動自体に何も参加せず、何の事かも知らなかった私でしたが、ではそ の事に「不満」があったのかと言うと、そんなものも有りませんでした。 「そんなものだろう」と言う私なりの理解がありましたし、お金を払ってい るだけの会員であっても、「野鳥の会」という趣味の会(爆)に「旦那芸」 として参加しているという満足感を感じていたように思います。 Tastuyaさんの書かれている「パトロン」の気分ですね。Wrenさんの仰ってい る「意義ある参加」のような意識は、「野鳥」誌の封筒の入会者紹介の印刷 で知ってはいましたが、まじめにそんな事を思ったこともありませんでした。
4、ヨチヨチ歩き 暫くして、野鳥の会本部の内部波乱の内幕を扱った本が出版されました。 (書名失念、後ほど調べて掲載します) 当時まだ「中西悟堂氏」の名前すらよく知らず、著作なんて読んだこともあ りませんでしたが、この本を契機に興味を持ち、少しずつ「野鳥の会」につ いての知識を得るようになってきました。
「日本野鳥の会本部」と、「一般的に語られる野鳥の会」のイメージは、非 常に良くない物ばかりでした。まあ、賛美して書かれた文章など今でもお目 にかかりませんので、人の語る「野鳥の会」なんてのはそんなものだと思い ます。
「県支部」に対しても、分からないながら何となく耳に入って来た情報を基 にして、随分悪いイメージを持っていました。今となれば、何の根拠で?と 思えるような悪意のある情報。曰く「閉鎖的な野鳥情報の取り扱い」「野鳥 情報の占有」、曰く「幹部による独断専行」「幹部内のパワーゲーム」、曰 く「不明朗な金銭の扱い」等。自分から近づくことの無い「組織」と「人々」 だと考えていました。
しかし、鳥見にはどんどんと嵌っていきました。珍鳥を追いかける楽しさ? も知ってしまいましたし、有名探鳥地を旅行する醍醐味にも触れました。い つの間にか、リストを数えるいっぱしの「マニア」気分の自分がいました。 今考えると笑えます。
そして、時を同じくして出合ってしまったWebの世界。これは時代の流れだっ たのでしょう。それまでワープロ一本やりだった私がWindows98のPCなるもの を使い始める事になり、ネットを利用しての野鳥情報収集が、「マニア」と しての私の世界を大きく変え、鳥見行動を変え、極度に人見知りの私が沢山 の人との出会うという転機を迎えました。
5、転機 そして、更なる大きな転機が「本庄水源地探鳥会」の担当引き受けです。 それまで私が参加した事のあった唯一の「探鳥会」が「本庄水源地」でした。 先輩が取り仕切って居られた関係で、何とかお手伝いしたいと参加していま したが、実際には担当さんの陰に隠れて好き放題をやるだけで、何のお手伝 いもできていなかったと思われます。しかしながら、天狗になりかけていた 私を持て余されたのか、次なるステップへのお導きだったのか?担当してお られた先輩から、「来年から担当してもらえないだろうか?」と持ち掛けら れたのです。
この時、冷静沈着、理論的な行動の出来るような人間であれば、到底お受け する筈が無いのですが、鳥見が楽しいばかりだった私は、何と何にも深く考 えず考えず。ただただ「お役に立てれば・・・」の思いだけで、担当お受け してしまうという暴挙に出たのです。
「探鳥会の担当なんて簡単だ!」って思った訳ではありません。当然私なり の不安を持っての受諾でしたが、先輩が声をかけてくださり、後押ししてく ださるのなら、私に出来る範囲でお役に立とう・・と単純に思ったのです。 でありますから、「探鳥会とは何?」等というアホな疑問を持つ事も無く、 「県支部をお手伝いする」事の意識も無く。ただ身近な人との繋がりの中だ けで大役(?)を仰せつかったのです。
6、罠への導入 何年か平穏に探鳥会担当を勤めさせていただきました。当時は、開催者とし ての責任を感ずる余裕も無く、呉市役所への手続きや挨拶、事故無く無事会 を進める事だけが私の仕事でした。当然先輩方ががっちりガードしてくださ っていましたので、担当はノホホンと鳥を楽しんでいればよかったのです。
少しずつでしたが更に知り合いも増えていきました。相変わらず他所の探鳥 会は敷居が高かったのですが、八幡川探鳥会にだけは1人ででも参加させてい ただく勇気が持てるようになりました。担当しておられた、当時の支部長さ んとも、ご挨拶程度は交わすようになっていました。
支部草創期から県支部を支えてこられたこの支部長さん。今でも私に到底理 解できないレベルの「神様」で、遠くから眺めているだけの業界の超有名人 だと思っていますが、当時、それまで持っていた県支部への悪いイメージも あって、個人的に話してみようと思えるような人ではありませんでした。 しかし、探鳥会の中で、無愛想ながら初心者の訳の分からない質問に丁寧に 答えて居られる姿に接し、野鳥観察の深い世界を垣間見させていただく事で、 それまで抱いていた「県支部」への負のイメージが少しずつ払拭され、支部 長さん「個人」に対して尊敬の念すら抱く様になってきたのです。今思い起 こせば、罠にはまりかかっていたとしか思えません。
7、投身 そして、3年前の忘れもしない11月の八幡川探鳥会。 人材難にあえぐ支部長さんは、悪魔のような笑顔で私にささやかれたのです。
「お手伝いしてもらえませんか?」 爆!
結果が現在です。この後の物語も涙無くしては語れないのですが、その辺は 時間が無いので割愛します。
で、結局何が言いたいのか? Tatsuyaさんの問いかけに私が何を語りたいのか?というと。。。
私にとっては、「会則」など全く重大な問題では無いという事なのです。 私にとっての「野鳥の会」とは、本部や支部の組織では無く、ましてやその 理念なぞではないのです。現実に私の周りに存在する愛すべき人々との 「繋がり」です。その事は「会」とは何の関係も無く。あくまで個人のパー ソナルな世界なのです。
「野鳥」と「野鳥の会」を通して、色々な人と出会えました。 中学校の後輩の学者さんは、会員ではありませんでしたが、野鳥を通して 年齢を超えて知り合うことができました。 これまた非会員の奥様には、私がごり押しした企画にボランティアで参加し ていただき、力強く後押しをしていただきました。 変くうなオヤジさんは、とっても変な人ですが、人生の師とあがめるまでの 存在になりました。 そんな「人」との出会いが、私の野鳥の世界なのです。
私が鳥見を楽しんで無いと感じておられる皆様。 それは私のFDの書き方が悪いのです。 東部の探鳥会なんかに参加している私は、はじけてしまって邪魔なだけの イカレポンチの参加者だと断言できます。参加しながら心の底から「鳥見が 楽しくって仕方ない」と思っています。そうそう、すぐに削除されてしまい ましたが、「始まるなり、椅子に座って寝始めた」参加者は、誰あろう私な のです。
しかし、 「人に対する責任」はまた別のものだと思っています。 gさんがしばしば私に突きつけられる、「野鳥の会として社会に存在している 事の責任」や、運営方にいることでの「会員さん達」に対する責任は、とっ ても重く感じているつもりです。 私は組織内でハネッ帰りの異端分子でしかありませんが、関わっている限り 「自分の出来る範囲」においては、誰に対しても負い目の無い行動を取りた いと思っています。
じゃあ、今の不満は何?
色々有るけど、結局それは「己の無力さ」なのです。。。涙
色んな突込みが予想されるので書いておきますが、このあたりになると40男 の動かしようの無い「性格」なのです。どうしようも無いのです。 「楽しくない」のですから辞めてしまえば良いのでしょうが、それが出来る ぐらいなら悩まないのです。。。。
「私は本当に野鳥が、野鳥を見る事が、好きなのか?」と問いかけてみます。 かなり怪しいです。笑
|