I think so...
Even if there is tomorrow, and there is nothing, nothing changes now.
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「君にはひとつだけ、とても大きな欠点がある。それはなんだと思う?」
いつだったか、あたしがまだバーというものに勤めていた頃によくしてくれた人がいた。 その人はその店の系列の元締めで組織的には会長という肩書きだった。
早くに死んでしまった奥さんにあたしが似てたらしい。 彼はそんなこと一度だって口に出したことは無かったけれど、 お世辞にも親切とは言えない周りの大人達がいろんなことを教えてくれていたんだ。
あたしはその頃、フルで出勤していたからほとんど毎日そこで他愛もない話をしていた。 大体21時過ぎ、まだ店がガラガラの頃にフラっとやってきて、あたしの前に座る。
そうすると、あたしはいつものように慣れた手つきでシェイカーを振った。
ブルームーン。
はじめて話をした時に、なんでもいいからと言われてつくったカクテルを彼はいたく気に入ったみたいだった。
多分、味とかそういうものが気に入った訳ではないんじゃないかな。
ブルームーンには「出来ない相談」という別の名前が付いている。 それが理由だと思うんだけど。
飲んでいる間、なんの話をする訳でもない。 けれど、あたしより二周り以上人生を長く経験していた分、大きく見えた。
ショートカクテルはすぐに空になってしまう。 時間をかけて飲む奴はスマートじゃない。
ある日、いつものようにブルームーンを飲んでいた彼がこう言った。
「君にはひとつだけ、とても大きな欠点がある。それはなんだと思う?」
あまりも突然すぎた。 答えなど見つかりそうも無かった。 その頃のあたしは自分の欠点を見つけられるほど生きてはいなかったから。
しばらくして、彼が席を立った。 それと同時に。
「それはあなたが優しすぎる所だよ」
バーカウンターの上にはカクテルグラスだけが空っぽのまま残っていた。 少しだけ残ったブルームーンの雫は、ゆっくりと落ちて、 それはまるで誰かの涙みたい見えた。
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