としょかん日記
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2004年04月13日(火) ドキュメント4・13

予兆は「出生届」だった

1:00
寝ぼけていたのだろうけど「今日って水曜日?」「今日7日?」「出生届っていつまで出すの?」など隣で眠りにつけない嫁さんに質問を重ねる。3冠のひとつ「寝惚け王」のタイトルホルダーであるわたしの素性を良く知る嫁さんは軽くスルー。結局そのまま寝てた。

3:00
嫁さんは微妙な腰痛で目が冴え寝たり起きたりを繰り返す。わたしは隣でのんきに寝ていたものなんだが、ここでまた夢をみる。読んでいた雑誌に出生届と日本刀が挟まっていた。そして何かに迫られるように、がばっと目を覚ます。何を表しているかわからないが、ここで「出生届」のコンボに気づく。
嫁さんはここで始めてだいたい10分おきにおなかのあたりが痛いということをわたしに告げる。ちなみに前日、嫁さんは「おしるし」を発見していた。もはや答えは一つしかない。間違いなく陣痛ですね。とはいえ、とりあえず様子見。

4:00
計測の結果、やはり今のところ、約10分間隔の痛み。振れ幅として2〜3分の誤差は認められるものの、ここまできたら認めないわけにはいかない。なにより望んでいたものなのだから。シャワーに入るように勧める。その後再び様子見。GOサインは「7分間隔」。

5:00
5分間隔だの、12分間隔だの、誤差と認めるには微妙な数値。ただ解は1つであることは間違いないのであとは見極めるのみ。はらも減ってきたしコンビニへ買い物へ。結構余裕をあることを表す買い物として、生茶パンダのおまけ付のペットボトルを購入。家に帰って無心におにぎり3つをたいらげる。焼たらこ、意外といけるね。産まれて初めて目覚ましテレビのオープニングを見る。

6:00
状況としては良し。朝日も昇り、むしろ運転には邪魔なほど。6年前、都合により生まれたての赤ん坊を乗せたときに次ぐ安全運転を遂行。とはいえ病院まで目と鼻の先なので、トラブルはなし。だれもいない待合室を抜けナースステーションへ。早速検査。医師の見解としてはまだ早いとのこと。個室でしばし待機の命令。目覚ましテレビの続きと昨日から見たかった特ダネを見る。なぜそこまで特ダネにこだわるかというと、某早稲田大学教授の件についてのみ。

9:00
再び検査のため部屋を移す。しかしここで移動してすぐに破水の憂き目に遭う。嫁さんは「おしるし」「陣痛」「破水」とスタンプラリー完全制覇を達成。少なくともこの辺りまではこれくらいお気楽であった。職場の厚いバックアップにより今日は仕事を休ませていただく。のちにこれが正しい判断だと気づく。

10:00
ここから長い長い旅路が始まることになる。10分〜5分間隔で嫁さんの小さな体を貫く激痛。わたしとしては手を握ることと背中をさすることしかできず。嫁さんは痛みは走るものの合間合間に軽い睡眠をとることやテレビ視聴をすることの余裕はあり。「AGE 35」までは決着がつくはずであった。

13:00
このあたりから病院側にも戦慄が走る。どうやら嫁さんが感じている激痛は医学的には「微弱陣痛」らしく、最終的なお産に辿り着くまでにはあまりにも弱いらしい。ただ、傍から見ている分にはその痛みのどこが「微弱」であるかはわからない。素人が余計な口出しするわけも行かず、担当の先生にはわたしとしては全幅の信頼を置いているのですべてを任せることにする。ただまだまだ旅路は終わることはなかった。

14:00
ただつけているだけのテレビが昼の連ドラの終わりを告げる。このあたりから陣痛促進剤をつかったため嫁さんの苦労は男のわたしとしてはまったくわからないもの、未知なものであった。できることなら代わってあげたいという気持ちは本当であったと思う。ただ、男が耐えられない痛みだとはよく言ったもので、実際代わってあげることができても、その代わったわたしは結局わめき散らすことしかできなかったと思う。女性は芯が強い。

16:00
嫁さんの苦痛に満ちた顔と、折り曲げる体を見て、その痛さを知る。ただその知覚は結局は視覚からの認識であるため、その行為になんらプラスの面はない。ただただ背中をさするしかない自分に憤りを感じるが、その行為により嫁さんは勇気と力を得て未来を見据えていたことはこのときの自分は知らない。
徐々にその時間に近づき、ただのベッドだったものがいつのまにか分娩台に変わっていた。と同時に部屋の中には看護婦の数が増え、いつのまにか自分の立会い出産のステージは整えられていた。
先生の助言により夫婦それぞれの役割をこなす。嫁さんは子どもの為に力を使い、わたしは嫁さんのために力を使い、そしてきっと子どもはわたしたち二人の為に力を使っていたはず。どんなに痛みが走っても涙を流すことはなかった嫁さんにならい、自分もやれることをやれるだけやるだけであった。その結果―

17:03
嫁さんの体から、わたしと嫁さんの子どもが、様々な使命と期待を受けこの世に生を授かった。恥を忍んでいうがわたしはそこでわき目を憚らず大泣きしたかった。正直してもいいと思った。男だって大泣きしたいときはあるはずだった。結果としてはそうならなかった最大のそして唯一の要因は、赤ちゃんを見た嫁さんの第一声に歓喜の雄たけびをあげた後の第二声にあった。嫁さんは間違いなく、力強くこう言った

「カメラ!ねえ、カメラ!」

前々から生まれた直後をカメラに押さえたいとは言っていたが、まさか、さっきまでかなりの激痛と闘っていた嫁さんが、正直もう帝王切開でもなんでもしてくれと思わせる嫁さんがいう言葉とは思えなかった。
わたしは実際最初その声を無視したが、聞こえないと思ったのか同じ言葉を繰り返す嫁。その言葉に反応する看護士。結局看護士の手により幾枚かのシャッターを切られる。
そんなことは露知らずあたらしく生を受けた一人はただただ泣き叫ぶだけであった。

17:30
本当に涙が出た。自分の子として、一人の人間がこの世に生を受けた。彼女には輝かしい未来が待っているはずである。それよりなにより理屈や経験やそれらくだらないものよりなにより、嬉しかった。ただただ嬉しかった。小さな爪、小さな耳たぶ、小さな足裏、小さな瞳。でも大きな命。とりあえず、時間ともに落ち着きを取り戻し、落ち着きとともに涙が収まっていくのを感じた。

それからはあっという間に時間は過ぎ今に至る。その今にして思えば昨日の1:00から今まであっという間に長い時間を過ごしてきたような気もする。嫁さんの達成感とそれに伴う笑顔、お互いの両親の喜び様、2ヶ月だけど禁じていた酒を解禁してのビール、報告のメールを送る喜びと返信のメールを受ける喜び。全ては今日という日に誕生した小さな小さな娘のためへ―。


信々 |MAIL

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