鼻くそ駄文日記
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ぼくと同世代の方ならご存じだと思うが、十年ぐらい前、バンドブームという一大ブームメントの中で生まれたBAKUというバンドがあった。 十代のかわいさを全面に出しているアイドル性の高いバンドで、女の子からきゃーきゃー言われていた。 もちろん、そういうバンドは男は嫌いだ。音楽は耳で感じるものなのに、好きな音楽を顔で選ぶ女の子のセンスも嫌いだった。男の子たちはBAKUにきゃーきゃー言っている女の子を軽蔑し、好きになった女の子が「あたし、音楽はBAKUが好きだな」などと言おうものなら、「くそ、あんなもののどこがいいんだ」と、音楽は耳で感じるものなのにひがみ根性でBAKUを嫌っていた。もちろん、ぼくはそういう男の子だった。 んで、いまになってもBAKUには斜に構えているぼくなんだけど、改めてこのバンドのことを考えてみると、ひとつだけこういうところはよかったなあと思うところがある。 それはギタリスト・車谷浩司の人気だ。 当時というか、現在もちょっとも変わっていないのだが、ロックグループはヴォーカリストが中心で、普通、主にひとりのシンガーだけが愛される。 サザンオールスターズでは桑田佳祐、RCサクセションでは忌野清志郎、ARBでは石橋凌、頭脳警察ではPANTAと、ヴォーカリストが他のメンバーよりも圧倒的に愛されてきた。 これは当時、バンドをやってた少年(ぼくのことだけど)からすると許せないことだった。 建前的には、バンドというのは音楽をやるものであって、歌だけを唄うものではない。歌謡曲ならばひとりの歌手がスポットライトを浴びて唄っていればいいだろうが、ロックバンドは音を出すメンバーひとりひとりの微妙な呼吸、まとまりがあってはじめて曲を完成できるのだ、と思っていた。 本音としては、元手のかからない(楽器は何万円の大金をはたいて買うもの)ヴォーカルが注目を浴びるなんてやってられねえよ、と思っていた。 また、当時の海外のハードロックシーンでは、ヴァンヘイレンはギタリストのエドワード・ヴァン・ヘイレンががヴォーカルのサミー・ヘイガーよりも愛され、エクストリームでもヌーノ・ベッテンコートがヴォーカリストよりも愛されていた。日本でもっとも人気のあったハードロックバンド、MR.BIGなどは、ベーシストのビリー・シーンとギタリストのポール・ギルバードの凄腕プレイヤーのバンドであったし、スティーブ・ヴァイやイングヴェイ・マルムスティーンといったソロギタリストもいた。そのような影響もあったと思う。 しかし、日本では聖飢魔�兇料畸討�ギタリスト・ルーク篁がソロアルバムでは自分がヴォーカルを取ったり、パーカションの第一人者斉藤ノブさえも自分のバンドノブケインではヴォーカルをしていたように、まだまだ聴く側の耳が楽器まで追いついていなかった。バンドブームと言われながらも、ユニコーンでは奥田民生がほとんどの曲を書きファンに愛され、ブームではMIYAが愛されていたのが現状だったのである。 だが、BAKUは違った。 BAKUには谷口宗一というファンに愛されたヴォーカリストもいたけど、それ以上にギタリストの車谷浩司が愛されたのである。 もちろん、アイドル的なバンドだからあくまでルックスで愛されていただけで、多くの車谷のファンの女の子たちは、CDを聴いているときは谷口宗一の声に耳を貸し、車谷がライトハンドをしても気づかなかったかも知れない。 だけど、ギタリストがヴォーカリストをしのぐ人気があったバンドが、バンドブームの時代にあったという事実は価値のあることである。たとえそれが、アイドルチックなバンドだとしても。 だって、結局バンドブームなんて、リモートの池田貴族や筋肉少女隊の大槻ケンヂみたいなのがでかいツラしていたように、バンドの音なんて誰も聴いてはいなかったからだ。
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