今日は飲まなかった。 飲みたかったのに、何故か我慢しなければいけないという気持ちになったからだ。昨日は飲んでいる時に小さな子供を2人連れた母親がいて、その子供の1人がジュースバーの前で立ち止まる。 「飲みたい」 という意思表示だ。 口では絶対に言わない。ちょっぴり「卑怯だ」と感じた(笑) 母親は「駄目よ」と子供の要求を全て受け入れる事はしない。それをしていたら我儘な子供に育つ。でも、見ていたらもうすでに我儘になっているような気がしないでもない。 そして動こうとしない子供に「置いて行くよ」と背を向ける。もう1人の子供もジュースを飲みたいと思っているようだけれど、飲めない事も解っているようだ。お兄ちゃんと母親を見て、無理なのだと悟っている。要求している子供よりも幼いのに全てを解っているように見え、お兄ちゃんよりも大人びて見える(笑) 「これ何? 何なの?」 とわざとらしく、ジューサーを指差す。 「野菜ジュースよ」 と、母親が言う。決して「フルーツジュースよ」とは言わない。 ムスッとした顔をしてバーカウンターから離れようとしない。そして、また何も言わないで「飲みたい」という意思表示をする。 言葉にしないのは自分が我儘を言っているのを知っていて、周りの人たちに「我儘を言っている事を知られたくない」というようにもとれるような気がした。 うーむ、卑怯だ(笑) こういう時母親って周りからは「悪者」のように見られるんだよね。 「飲ませてあげたらいいのに」 と言う人がいるんですよね。「あなたにとったらたった1度の事かもしれないけれど、私は毎日の事なんですよ。躾でもあるんだからほっておいて!」という気持ちになる。子供がいない私でも解る事なのに、子供を育て終わった人たちはこういう事を言うのよね。 「可哀相じゃない」 というらしい。そして、子供も周りの人がそう言ってくれるのを知っているからわざと「可哀相な自分」を演出していく(爆笑) いや、笑っちゃいけないんだけどね。憎たらしいわ〜(笑) 昨日の戦いは母親が勝ちました。母親に「そんな怒らないで、飲ませてあげたら?」と言う他人がいなかったり、母親を責めるような目で見る人もいなかったから良かったんだろうな。 ほんの少しの事が大切なんですね。世の中の子育て中のお母さん、頑張って下さいね〜。
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