川上弘美さんの「溺レる」を読了したのですが、正直面白くなかったです。わざとなのかもしれないけれど、殆ど文章ではなく、単語のような言葉の使い方だったのです。結構長文が好きなので、短文ばかりが続くと疲れてしまうんですよね。セリフも短文すぎますし。
叔父さんはどこ。叔父さんは。 電車で来たんですよ。支線に乗り換えて。乗換駅は海辺の駅でした。メザキさんに教えてあげた。
こういう文章が続いたり、こればっかりで綴られた物語は例え短編集だとしても、わざとだとしても許せなかったりします。すぐに「。」でくくってしまう文章は使い方によって上手く感じますが、やりすぎると下手というか、語彙が乏しいのかと思うし、読んでいて疲れてしまう。私の注文が多すぎるのでしょうか。色々と望みすぎているのかもしれないけれど、多分基本だと思うんですけどね。 他の小説はどうか解りませんが、二度と読まないと思います。それに、何となくですが、村上春樹と吉本ばななを意識しすぎているようにも感じましたし、やたらと人の名前をカタカナにしすぎるような気もするのです。効果として使っているのではなく、カタカナの名前を使ってみたかったのという印象しか受けなかったので、例え狙っていたとしても、私の中では逆効果でした。どうしてカタカナにしなければいけないのか…… というのが疑問に残ってしまったんです。8つの物語が載っていたんだけれど、全部カタカナの名前だったんですよね。結構漢字が好きなので、どうしてわざわざカタカナなのかが気になって気になって、話が頭に入らなかったような気がする。 ただ、短編だからそう感じたのかもしれないけどね。元々短編集はあまり得意ではない私です。得意ではないという言い方はおかしいかな。相性が悪いと言い換えておこう。あとは、好みの問題でもあるけどね。
次は長編の文字も小さくてビッシリと詰め詰めのドストエフスキー「白痴」を読むことにします。のめりこむぞ〜〜(笑)
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