amatelasuの日記

2005年11月09日(水) ボーダーを越える。

メディアの発達はボーダーを越える。

原始的なメディアは限定的である。
最も分かりやすい例は身体であろう。
身体においては脳を除き、それらの時間、距離、到達範囲、何を取っても限定的である。
全てにおいて機械に劣る。

電話の発明によって声は距離を越えた。
蓄音機の発明によって声は時間を越えた。
衛星、海底ケーブル、インターネット。
新たに登場する様々なメディアは、旧来のメディアの様々な制約から人々を解放した。

メディアの発達とはすなわち境界の崩壊である。
電話の登場によって声はより広大な到達範囲を手に入れた。
携帯電話によってさらに広大は到達範囲を手に入れ場所の制限からも解放された。
電話の歴史を追うことはすなわち、声の届く領域の拡大を追うことでもある。
領域が拡大すればおのずと他の領域と重なり合い、境界の意味が薄れていく。
外出先で電話が使えるようにと登場した公衆電話。
しかし、これは携帯電話の登場で駆逐された。
携帯電話という新しいメディアの登場が固定電話と公衆電話のボーダーを破壊した。

メディアとは簡潔に述べるなら伝える媒体である。
一般的に言われるマスメディアやパーソナルメディアだけがメディアではない。
例えばネットワークと名の付くものはほとんどがメディアと考えていい。
郵便や宅配。交通機関などはすべてメディアだと言える。
メディアをそういった広義に規定したとき、メディアの発達はイコールで境界の崩壊だと言えると思っている。

だから、「ボーダーを越えるボーダフォン」というキャッチフレーズはかなり秀逸だと思うのだ。


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