みかんのつぶつぶ
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2002年11月30日(土) 11月

11月という月は、これからもずっと喪に服す時期となるのであろう。私がこの世から消えてしまっても、子ども達へ、そして孫達へ・・・?
子ども達がそれぞれ生涯のパートナーとなる人と出会い、心の旅を落ち着かせてくれることを私はとても望んでいる。まだまだ先のことか、それともすぐのことになるのかそれはわからないが。
そして、父親のことを、自分の視点から素直な言葉で語れるようになって欲しい。そんな気持ちを話してみたくなる人との出会いが、あるといいね。

息子が小さい頃、そう、まだ幼稚園に通う頃は幼児語だった。先生のことも「てんてい」電車は「でんちゃ」しゅんくんは「ちゅんくん」おかあさんは「おかあたん」
当時担任だった先生が、「幼児語が可愛くて可愛くて!先生達のあいだで評判なんですよぉー」なんてこともはばからず言われたり。実家のご近所では、絵本から出てきた男の子みたいねえ、とか。
愛想はそんなによくないけれど、泣くでもなく騒ぐでもなく、どこへ連れて歩いても大人しく落ちついた幼児だった。私の実家では初孫だということと、私の妹二人もいて、それはそれはみんなの世話を受けたもので。
私の父は、娘3人しか育てたことがないから男の子の扱いがわからないと言っていた。そんな私の父は、孫にベタベタしない性質で、きちんといつも孫に「個人」として接していた。そう、孫から見れば怖いおじいちゃんだったんだ。
私は実家へ行くと、それなりに気を遣う。そんな雰囲気が子ども達にも伝わるのだろう、同じく気を遣う。おじいちゃんのあとをついて回りたいが、気を遣う。何か気の利いたことでも言わないと、と思ったのか息子は、ある日盆栽に水遣りをしている父に、
「おじいちゃん、この松は樹齢何年?」
と、いうような質問をしたという。小学校低学年だったか。
松の盆栽が好きな父は、庭一杯に並べている。水遣りをしながら盆栽や草花と対話し、一日の締めくくりとしているようだった。
きっと黙々と水遣りをして、そんな父の背中に投げかけた質問だったのだろう。
居間に入ってきた父がニヤニヤしながらそんな息子の質問を報告する。独特の毒舌を交えながら。「ったく理屈っぽいなあ。父親そっくりだ」
いや、父は一本とられた口惜しさでいっぱいだったのだ。ふふふ。だって、質問に聞こえないふりをして答えなかったというのだから。親父、都合のいいときだけ耳の遠いふりかい(恕

とまあ、こんなことを思い出したりしながら故人を偲ぶ季節があるっていうのも、悪くないさ。


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