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| 2006年11月03日(金) ■ |
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| デスノ完結編 <<激しくネタバレ>> |
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タイトルにもある通り、ある部分より下は 映画「DEATH NOTE the Last name」のネタバレ要素を 数多く含みます…というか、ハッキリ言ってネタバレです。 あくまで感想ではあるのですが、先に映画をお楽しみいただく事を 激しくオススメいたします。 とてもオモシロイ映画でしたよ。
早番で仕事が終ったものの、映画は21時後半から。 店で待つのも退屈だし、一人で食事も味気ないし 今晩のご飯はカレーのはずなので、一度帰宅(笑) 妹に何を見に行くのかと聞かれたのでデスノと答え 結局誘って二人で見に行くことに。 ちなみにうちは三人姉妹なのですが、 一番下の妹は今朝一番の上映を、彼と見に行ったらしい。
食事の後出発して、チケットを買った後も まだ時間があったので本屋で立ち読みしてたら ふと気がつくと10分前、またダヴィンチコードの時の様に うっかり開始時刻に遅刻するかと思いました(ヲイ) トイレも飲み物買う時間もちゃんと取れてよかった。
さて、ココから下は映画見た後にどうぞ。 スクロールで思いっきり下がってください。
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※これより下ネタバレ※
しつこくてごめんなさい。 では早速、30分ほど前に見終わった デスノ完結編の感想文書きなぐりたいと思います。 無駄に長いです。 書きたいことを文章に起しきれてないので 正直正しく伝えられる自信はありません。 悪しからず。
映画冒頭部分で、前作からの流れをあらうオープニング ダニー・カリフォルニアが使われてましたが、 個人的にあの使われ方好き。カッコよかったです。
で、個人的な趣味に走りますが 松山L、やっぱり大好きです。 なにが好きって、ヒョットコのお面かぶって、それが似合うところ(笑) 海砂に興奮気味に話しかけるトコや、学生たちに押されて ヨロヨロしてる(と見せかけてる演技?)の所。 長いガラス瓶出して何するのかと思ったら 団子を密に浸して食べてるところ。…キリ無いけどもうちょっと! 若干鬱状態で頬袋(あるの?)にマシュマロ詰め込む所。 月の言葉に急に元気になるところ、時々笑顔な所。 ホントきり無いのでコレが最後。 ノートに触れて記憶をとりもどした月に 「大丈夫ですか月君」と言った時のあの松山君の演技〜!! もうヒジョーに大好きであります。愛してます。
ところで、あの異様にいい音のするチョコ いったいドコの何ていうチョコなんでしょうか? 美味しそうなので一枚是非ほしいんですけど。
キャラずつの個人的感想としては 夜神総一郎:役者さんは好きなんですが お父さん役は別の人がよかったです。ちょっと若いかも。 漫画版は月君が望んで監禁されるあたりから白髪目立ってたのに 映画では月君が死んで一年後でようやく目立ってきた感じ。 て、白髪の話は置いといて(笑) 月の作った偽の13日ルールを検証するために 海外に飛び出すことになった時は、ビックリしました。 なに?また続編作っちゃう気?などと「完結編」と 一部銘打たれていた事も忘れてうろたえる始末です(エヘ) まあでも、月がノートに名前を書き込んで ほんでもってアッサリ帰ってきた時点で… ああ、これはノート効果で帰ってきた訳じゃないなぁと じゃっかん先が見えたような気がしました…が。 漫画版で、息子より先に、息子がKIRAと知らずに 殉職(ちょっと違うけど)によって命を落とした父と。 映画版で、息子がKIRAであったと突きつけられ 職務を全うするも目の前で息子を喪う父と。 さあ、果たしてどっちが幸せでしょうね。 というか、どちらがより不幸なんでしょうね。
弥海砂:漫画版海砂よりも頭よさそうと うちの妹からのコメントでしたが。 私は漫画海砂の方が好きですかね。思い込みの激しさというか 情熱の傾け方が、漫画の方がより顕著だった気がします。 ノートを使う人間の心理としては、月よりもむしろ 彼女の方が理解できるというか、共感できるかも。 なかなか月のような悪を裁くとか、世界平和とか 理想郷を作るとか、自分が神だなんて(FF7銀髪の誰かみたいですが) そこまで誇大な事を思いついて、まして実行に移せる人間は なかなかそうはいないと思います。 まだ海砂の様に、自分の感情で使う人間の方が 理解できるし多いんじゃないかなと思いますけどね。 良し悪しはまた別の話ですけれども。 漫画の海砂の様に後追い自殺でもするかと思ったんですが (※コミック13・ガイドブックみたいなヤツ参照) しませんでしたね。マンションの窓映ったんで 飛び降りでもするんじゃないかとか思いましたが。 ま、そこは漫画と違ってレムとジェラスの勝ちですかね。
高田清美:名前は一緒でも漫画とは位置づけが だいぶ違いましたね。三人の登場人物がミックスになってた気が。 まず、漫画でレムがノートを渡す相手に選んだヒグチ。 次に、KIRAに近い思想の持ち主という設定だった魅上。 最後に、映画版と同じ名前のライトの同級生キャスター高田。 劇中は最初はキャスターじゃなく、第二のKIRA特番を 扱わせてもらえなかったわけなんですが、そりゃそうだろう。 あれだけカツゼツ悪くてキャスターが勤まりますかねぇ。 呂律が回らない舌足らずな感じがイヤだな。 レムにKIRAの代弁者といわれて喜んでましたが 漫画版の様に海砂と醜い女の争い勃発しちゃうのか ちょっと心配になってしまいましたから。無くてよかった。。。 というか、あんな隠され方で監視カメラの1つにも気付けないのは ちょっと女としてどうかと思うんですけど、どうだろう。 漫画版のほうが好きなキャラクターでした。 でもまあ、一人で三役分やらされてお疲れ様です。 ニュース読んでるときの斜めにそろえた足が、素敵でした!(笑)
夜神月:…何から書けばいいのか迷うなぁ(笑) 劇場版の彼は、最後に父親の腕の中で息絶えたわけですが あの涙と悔しさとを見る限りでは、漫画月よりも純粋なKIRA であった様な気がします。漫画版って最後は「無」に慄いて 死にたくない、って言いながら死んでいった記憶があるんですけど (週刊連載時に読んでそれっきりなのでうろ覚えです。) 世界を憂う台詞も、自分の信じた正義を(父に)否定され それを完遂できずに死んでいく悔しさ滲む台詞も、 特に記憶にのこらなかったんですが…。 劇場版の月は上記のような台詞を最後の最後に吐きましたよね。 まあ、リュークに向かって現場にいる皆を殺させようとしたり 面白いものを見せてやるからと懇願したりもしましたが、ね。 純粋なKIRAって書きましたけど、機械的に殺しを続けるっていう そういう意味合いではなく、民衆の中に根付いた 「悪人」を裁いていく正義の者という意味で。 だって、KIRA信者だったとして、漫画と劇場版と どっちのKIRAの最期に感銘を受けるかって、私は断然劇場版月なので。 だって、漫画版なんて魅上に愛想つかされたじゃん(笑) でも、死を突きつけられた人間の反応としては、漫画版月。 もうあそこまでカッコ悪くあがかれたら、 そら神だなんて名乗っちゃ駄目だろ。そんな人間月が好きです。 彼のしたことの善悪、良し悪しは決めかねますけど。 …嫌いじゃないし、解らないでもないですが。
L・竜崎:しかし、頑なに本名隠しますね(笑) 13巻買わせようという、集○社の魂胆なんでしょうか。 漫画版では死ぬことになっていたシーンが劇場版で再現された時は どうなっちゃうの?月やりたい放題?それともニアメロを 匂わせるような嫌な終り方しちゃうのかコレ〜!!と 要らない心配をたぶんに繰り返しもしましたが、 そこは流石、演技派ですねLは(笑) 夜神父が戻ってきて、操られてないとは想像つきましたが まさかLが生きてるとは思いませんでした。 それでもって、先にノートに書かれた名前に関して 別のノートで殺そうとあとから書いても、先に書いた 死の内容を変更することが出来ない、というルール。 やられたって感じなんですが。 でもこれが、別のノートに同じ名前を記入するのが 死の内容を記入できる6分40秒(だったっけ?)以内の場合は ちゃんと実行されるんだろうか?それも駄目っぽいかな。 まあ、そんなことあの状況で出来っこないか。 ノートを摩り替えるというあたりは、ニアが魅上にやった 中身(ページを一部)摩り替えるトリックを彷彿とさせましたが。 漫画では月に殺されてしまうので、劇場版と比べ様無いのですけど、 第三者に留まらず、親や恋人の名前は簡単に書けるのに、 自分の名前を書かれてしまうとあそこまで取り乱す月と、 自分の名前を自ら書くことで周りを説得してまで、 KIRAを追い詰めようとするLの姿勢と。劇場版では 他人の命でなく自分の命を使った者が、少しばかり長生きでしたね。 2回死神の目の取引をした海砂も、結局4分の1の寿命になったけど 生き残ったわけですから。 結果として、自分の名を書く事で、真偽の定かでない 13日ルールも見破ったわけだ、Lは。スゴイッすね。 確か23日先まで死ぬ前の行動を書き込めるわけでしょ? ほんでもって自分の名前書いてから13日ごじゃなくて、 ちゃんと自分の指定した日に死んだんだし。 ていうか今気がついたけど、海砂の持ってたノートを Lが手に入れた時点で、細工がない事に気がつくよね。 …な〜んだ、ちぇっ(笑)
リューク・レム・ジェラス:死神の皆さんですが。 死神とはいえ、神と名のつく者に人がちょっかい出すもんじゃない。 そして逆もまた然り。悪戯にノート落としてみたり、 贔屓にしてる人間の寿命を延ばしたりしないでほしいものです。 なんかまるでギリシャ神話やローマ神話の話のようですね。 アモールとプシュケの様に神と人が想い合う(デスノでは一方通行か/笑) あと、聖書におけるイヴの口にしたリンゴ。死神が落としたノート。 揶揄なのかそうでないのか。ま、面白いですけど。 月が死に、ノートをつまみ上げ処分すると言ったLに対して なんだ、お前は使わないのかと言い放ち飛び去ったリューク。 その後残された人間が映るシーンを見ていて、ふと意識したのが 死神とはいえ、人知の及ばない神の世界の住人であること。 そのはるか上にいる、本来想像の中に存在するべきものが 悪戯に人界に降りてきて、一死神の暇つぶし、 余興に巻き込まれたという虚しさとでも言いましょうか。 あのシーンはすっごい切なかったです。既に死んでしまった月も 犠牲を払って、数日後には死んでしまうLも、同僚を喪った 捜査本部の面々も、息子を喪った夜神総一郎も。 KIRAは居なくなったけれども。
書きたいこと:漫画も映画も共通して 面白いし、素直に楽しんで見たり読んだり出来たんだけど。 どちらもなんというか、終った後にスッキリ釈然としない。 もやもやが残るんですよね。 これは週刊連載が終った時にも思ったことなんですが。 結局、KIRAが死んでも、Lが負けても。 世界中で死ぬ人間はそんなに変わらないんじゃないかと言うこと。 KIRAが死んだ場合、犯罪者への抑制がなくなり犯罪は増える。 犯罪の被害に遭い死んでいく者が増える。 KIRAの様に犯罪者以外を殺したりはしないけれど Lのやり方を見る限りでは、正義を執行する為には 多少の犠牲は厭わないという点において、 KIRAとそう差が出るとは到底思えない。 Lが負けた場合。罪のない被害者でなく犯罪者が殺される。 KIRAを阻止しようとするものが正義という名のもとに殺される。 死んでいく人間の内容はどうあれ、どちらの人間も 成す術もなく殺されると言う点ではかわりない気がします。 犯罪に巻き込まれ、犯罪者の手にかかって死ぬ被害者はもちろん KIRAに裁かれる犯罪者も、そして、KIRA・L双方の 正義の名のもとに犠牲になる人たちも。 倫理から言えばどっちも同じだと思うんですけど。
…釈然としません。
でも、映画はエンターテイメントとしては とても面白かったしよくできていると思います。 今回もエンディングはレッチリでしたし。 アルバムだと、OP曲の次に入っているスノーがED曲でした。 妹と二人、テキトーに上から二つ選んだだけじゃないよね? などと心配もしてみましたが(笑)まあ、雪降ってましたしね。
…まだモヤっとする(苦笑)
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