日々是迷々之記
目次


2004年10月15日(金) 安いことはよいことだ。が、しかし。

ぼんやりとブログサイトを巡回していたら、気になることがあった。それはとある専業主婦の人のブログなんだが、とりあげるネタも面白いし、読ませる文章を書くので、わたしはほとんど毎日見ている。

その人の近所のコンビニがつぶれたことに関連して、「近所の商店(米穀店、酒屋、本屋など)ってみんなあんまり行かないよね?だいたい週末に大型店舗でまとめ買いするし。それに、野菜なんかに関しては、安心なものを作っているからと言って、スーパーならひとつ98円のものを、298円でなんか買えません。」みたいなことが書かれていた。

私はそれを読んでちょっとくらい気持ちになった。お財布から出て行くお金を少なくすることだけが節約であると唱えられていると思ったからだ。

確かに近所の商店の価格というのはスーパーのちらし価格より高いことが多い。夜遅くまで開いてないし、日曜日に休みだったりもする。が、それでも私はスーパーで米は買わない。安さで言えば、もっと安いところはいっぱいあるし、出所がはっきりしているものを食べたいという感覚があるからだ。近所の米屋ではいろいろと努力をしていることが感じられる。一番安いお米は産地を変えて、ブレンド具合を変えて、その旨を表記しつつ、いつも同じ値段だ。それよりちょっと高いものはいつも値段が違う。水加減のアドバイスをしてくれることもある。

そして酒屋さん。これは缶入り以外は酒屋で購入したほうがいいと思う。まともな酒屋なら、温度差の生じやすいところにワインや日本酒を置いたりはしないからだ。ちょっと高いものなら紙に包んで静かに置かれていて、売り手の美味しいものを味わってほしい。という意志が感じられる。

最後に本屋。大きな書店は確かに楽しいが、書店員がよくない場合が多い。質問してもあんまり即答してくれないし。週刊誌一冊買うのにレジに並ぶのもめんどくさい。一方、町の本屋は楽しい。こんな本もあるで!とか言って、買った本と関連するものを見せてくれたりするし、袋も断りやすい。(まぁ、大型書店で袋なしを許可したら万引きと見分けがつかないというのもあるんだろうが。)

そんな感じで町の商店というのはそれなりに良さがあると思う。確かに半分白くかちかちになったガムを売ってるおばあさんの雑貨屋とかもあるが、大半の店は食べるのに必死で店を運営しているはずだ。

うちはまぁ下町なのでこんなことを思うのかもしれないが、「商店なんかみんなあんまり行かないっしょ。」と断定されてしまうのは少しかなしい。もし、将来商店や、商店街がなくなって、北米みたいにショッピングモールでしか買い物ができなくなったら、それはそれでつまらないのですよ。どこにいっても同じようなものしか売ってないし、チラシ価格は談合価格だし。

と言うわけで、安いことはいいことだけど、ホンの100円とか安いだけでスーパーに行かずに、その100円の価格差はどのへんで生まれ、どういったメリットデメリットがあるのかちょっと考えてみるのもいいと思う。ってそんなことをのんきに考えられるのは、私が子供のいない主婦だからかもしれない。家族がいたら食事とかって大変らしいからなぁ。


nao-zo |MAIL

My追加