『人生、一度きりよ』

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七倉 薫 /MAIL


2003年08月14日(木) イタリア旅日記その3

えっと、ミラノでは新庄の家に泊めてもらっていたのですが、我々が寝ていた部屋はもともと女中部屋だったそうです。
かならず台所経由でないとどこにも行けないように作られていたけど、後から誰かが壁を抜いてドアを付けたらしい。
でもそのドアはやたらに狭いので、体重80キロ以上の人はカニ歩き必至!

8/4(月)
朝9時頃に起きて、またもやロッキー&新庄をたたき起こし、またもやクロワッサンとヨーグルトで手早く朝食。
きょうは午前中はミラノのドゥオーモへ。ロッキーは家でお留守番、女子3人でのお出かけ。
地下鉄に乗って10分くらいだったような気が(すでに記憶がアイマイになってきた)。イタリアは地下鉄といえども冷房がない。ちょっとはあるらしいけど新庄は乗ったことが無いという。
だから人々の熱気がむんむんで、夕方になるとおのおのがたの体臭で気分が悪くなるらしいデス。
ドゥオーモの正面は改修中でした。とりあえず中に入る。
入り口には警備員が数人立っていて、キャミソールや短パンの観光客の入場を断っていた。わーお、まるでバリのお寺みたいです。
内部はすこし薄暗くひんやりしていた。広かった。ステンドグラスが壮麗だった。
その後外へ出て、屋根へ上った。いくばくか支払う(たぶん3ユーロちょっと)。階段でその値段。エレベータを使うと更に数ユーロかかる。
上からはミラノの町が一望できて楽しかった。変なレリーフの写真を撮った。ラブラブカップルがお互いの顔だけを見つめ合っているのを観察した。
あまりの暑さに近くのガレリアの中のファーストフード店(ピザの!)で、生絞りオレンジジュースを飲んだ。バッティングマシンのようなオレンジ投入口からごろごろとオレンジを3〜4個入れると、下から魔法のようにジュースだけが出てくる優れもの。イタリアではどこにいってもこの機械があった。その後いろんな町で発見するたびに飲んだ。2ユーロくらいだったかなあ。
しばらくそこで過ごした後、路面電車で戻ろうとしたけどなかなか来ないので、しかたなく地下鉄に乗る。やっぱ冷房車ではなかった。
スーパーに寄り道しておみやげ用の食材を買い込む。
パスタソース、バルサミコ酢、スタッフドオリーブ等ビン多数。それから塩、乾麺、リゾットの素など、つまり重いものばかり。
旅の最初からこんなものを買ってどうするつもりなのでしょうか、俺。
買い物終了と同時に新庄の携帯にロッキーからの「早く戻れ」コールが。
そう、これから我らは飛行機でブリンディシ空港(プーリア州ってつまりはかかとの部分ね)に向かうのであった。
スーパーのビニール袋が伸びるほどの荷物を抱え、新庄宅へ。
すぐさま購入品をパッキングし、タクシーに乗ってミラノの国内線の空港へ。
本屋でエロ雑誌を立ち読みしてバールでパサパサなパニーニを食べ、いざ飛行機に。1時間半ほどのフライトでブリンディシに到着。時刻は午後4時半だった。
空港でサッカー選手に出会ったが、誰だかわからなかった。周りの人がサインを求めていた。
予約していたレンタカー(日産のワゴン)に乗り、今夜の宿へ。
ちょっと道に迷い、6時頃に小さな町の教会の前で我々がミサをのぞき見している間に、新庄が近くの住民に道を聞き、30分後にようやく到着!
アグリ・ツーリズモといういわゆる農家が経営する民宿なのです。
宿主の赤ら顔のおっちゃんが出迎えてくれました。案内してもらったのは、白と水色のベッドカバーのかわゆいお部屋でした。
夕飯はプーリア州特産品のオレキエッテ(耳という意味のパスタ)やシシカバブのようなものなど全5皿くらい。もう食べられませーん状態まで食べました。もちろんワインもしこたま飲んださ。
とにかく疲れていたし眠かったので、今夜は早めに就寝。
明日はどこに行くんだっけ?

ちなみに私が毎晩ベッドでのびてる間に、柿助は持ってきた森博嗣の本を順調に読み進めていたようです。

つづく


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