浅間日記

2008年06月11日(水) それを手放してはいけない

プレカリアートの憂愁、と題した辺見庸の記事。以下抜粋。

「これだけの不条理をはらみながら、さしたる問題がないかのようによそお
う世間。もともと貧窮し、こころが病むように社会をしつらえながら、貧乏
し、病むのはまるで当人の努力、工夫、技能不足のせいのようにいう政治。
働く者たちの怒りや不満がその場その場できれいに分断、孤立化させられ、
いつのまにか雲散霧消してしまうまか不思議。そうした時代を、戦後とおな
じ分だけ老いた私がこれまでに見たことがあるのか、と問うのだ。云々」

*

私達の社会は、こころが病むようにしつらえられている。
私は真に、様々な事件に絡めて、このことを実感せずにはいられない。

*

気をつけたほうがいい。
家族、友人、知人。
当たり前のように自分を支えているいくばくかの関わりは、
いつ何時それを巧妙に奪われ、分断、孤立化されるかわからない。

気がつけば自分のまわりには、「誰でもよい誰か」しかいなくなっている。

*

確固たる良識は、案外たやすく引っくり返る。
信じられない残酷な行為を、いつ自分がやらないとは言えない。

何故ならば、私達は既に四六時中、残酷な行為の前例に晒され、
詳細な情報を与えられ、「それは庶民の中に起こり得ること」と刷り込まれている。

それは既に、政治家や宇宙飛行士の生き様よりも、
はるかに私達の近くに忍び寄っている。

*

もちろん、自分の確固たる良識を損なわずにいる方法はいくらでもある。

その一つは、自分のまわりの縁ある人を心配し、時には説教をくれ、
時には仕方ないかと黙って従い、時には不条理な怒りをぶつけ、
時には許し、大切に必要として生きていくことだ。

おそらく最もつきなみで、面倒くさく、今風に言えば「ウザい」ことだろう。
しかしながら、「こころが病むように社会をしつらえて」いる何ものかに
力強く立ち向かえるものはこれしかないのだ。
私はそう思う。

2004年06月11日(金) お世継ぎを!


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