2004年05月23日(日) 映画と原作の話など。
映画「キャシャーン」と「キューティハニー」をはげしく観たいです。
どちらも1970年代生まれの私のハートをくすぐる原作を持ち、且つ監督が期待できる人なのですよ。「キャシャーン」の監督キリキリ(紀里谷和明氏)の映像は既に宇多田「藤圭以子の娘」ヒカルさんのPVで拝見していて秀れたものをおつくりになることは判っているし、「キューティハニー」の庵野秀明監督は特撮やらせたらただいま日本一かもしれない人ですから、どちらもきっと愉しめるでしょう。
特に庵野監督の、あのべたべたにチープな画面をいまこの時代に敢えてわざわざつくってしまうセンスが素敵。「ハニー」実写化と聞いて気持ちが著しく萎えましたが、監督が庵野さんと聞いて一気に観賞意欲が50%増です。
でも、これ等の作品というのは、原作(原案)となるアニメーションを知らない世代にはどのように映っているのでしょう。私どもは幼い頃にオンタイムでそれを見ていた訳で、どういった作品だったのかを踏まえた上で映画を観ることができる訳ですが、何にも知らないままで観るとまた印象や解釈が変わったりするんだろうな、とも思いますし、「もとの作品を知らないくせに訳知り顔で映画を語るんじゃねえよ」と何故か偉そうにも思ったりもします。
ところでただいま「世界の中心で、愛を叫ぶ」という小説を映画化したものがヒットしている模様ですが、この表題はどうだろう、と私などは思うのです。原作の片山恭一さんはハーラン・エリスンの「世界の中心で愛を叫んだけもの」という小説の存在を知っていてこの表題を付けたのでしょうか。ただのシンクロニシティでしょうか。知っていて付けたのであれば、それは大きな誤謬であったと言えましょう。
片山さんの「世界の中心で、愛を叫ぶ」を読んで感動できたと仰る方にはぜひエリスンの「世界の中心で愛を叫んだけもの」も読んで頂きたいと思います。浅倉久志さん訳版と伊藤和典さん訳版とがありますが、伊藤さん版の方が読みやすいかと思います。重みの違いに驚くと思います。
余談ですが、今日は「ラブレターの日」だそうです。「5」「2」「3」で「こ」(い)「ふ」「み」(恋文)、だそうです。ちと苦しい。