衛澤のどーでもよさげ。
2004年09月12日(日) いつも不思議。

先ずは少々遅れましたが例月の告知を。
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「道草」をお読み頂きますと「Silence revolution」掲載の拙作の世界が更に深まるという特典付きでござる。


さて、ここからが本文でござる。
スーパーマーケットなどに買い物に出掛けて生鮮食料品売場でいつも思うことなのですが、たとえば魚の、お造りとアラとが同じ魚でもすんごく値段の違いがあるのは何故なのでしょう。

たとえば、鮪だったとします。鮪の大トロもトロも中落ちもアラもどれも「鮪」で「食べられる部分」で「食べることを目的に」買うのにどうして支払う金額が違うのでしょう。
「大トロは美味な上に少ししか取れないから高いのさ」ともの知り顔で教えてくれる人もいます。その説明が判らなくはありません。でも納得できないのです。アラだって1匹につき取れる量は限られているし、ぼくは大トロなんかよりむしろアラの方が美味だと思う。
美味と思う部分が安く買えるのは有難いのですけどね。

というようなことを考えたのは、仕事が煮詰まってきているのでない金はたいてちょっと調理でもしてみよう、と買いものに行ってみると「アラ」とラベルを付けて売られていたものにアラとは思えないほどきれいな身が沢山入っていて、本身と比べて半値で倍量ほど買えたからです。
買ったのは鮪でなくて、鮭です。

ほんとうはそろそろ旬の秋刀魚がほしくて出掛けたのですが、そのとてもお買い得な鮭のアラを見つけたのでそれと、一緒に大根と薄揚げを買ってきて「鰤大根」ならぬ「鮭大根」を拵えました。
とびきりのでき、とはとても言えないけれど、喰えるものができたのでまあよいでしょう。醤油を入れ過ぎたのが難ですが、喰えます。


エンピツユニオン


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