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2002年09月03日(火) おとうさん

今日も青天。

チェック1,2,3、

ママとかパパって私の知っている家庭とは違うって思っていたことがあった。

子供の頃私は親のことをお父さんお母さんと呼んでいた。お父様お母様とは呼んでいなかったし、パパママとも呼べなかった。おとうちゃんおかあちゃんでもなかった。ダディマミィでもなかった。

先日13〜14年ぶりに娘と再会した時に、娘が彼女の父親のことをおとうさんと呼んだので、私も自然に彼女の父親の事を彼女との会話の中でおとうさんと呼べたことに、なんだか内心私はほっとしていたような気もする。一緒に暮らしていた間、私は彼のことをお父さんと呼んだことがなかったような気がするのだ。役職名(?)で呼んでいた。しかし、子供に話す時には、お父さんはねと言っても自然ではないだろうか。おとうさんであることには変わりないわけだ。彼女の父親はお母様のことを私の前でお袋と言っていたが、お母様は彼すなわち息子さんとの会話の時に彼のお父様の事をパパと呼ばれたことがあったので、ああ、この家庭では以前パパママと呼んでいたのねという気がしたことがあった。

先日夫がファンクラブに入っているミュージシャンの女性が、コンサートの別れ際
私の夫の事をお父さんと呼んだのを聞いて、そうか、この人はおとうさんなのね、
と思った。

で、既に私は息子と話す時おとうさんと呼んでいたかもしれないけれど。
なんだか不思議だなあと思うのです。

憎みあったり敵意を抱いたりするのは嫌だ。かなしい。でも時々、はりねずみのような心になることもある。和解氷解を祈る。

子供に読書というと、年相応の本を一人で読むのは難しくて、一人で読めるのは、
幼児向けの童話だ。でも、それでいいと思う。まだ心が幼いのかもしれないけれど。ゆっくり成長すればいい。そうは思うが、とにかくつい声を荒げてしまう。
早く寝られるようにさっさと早く明日の時間割を揃えなさいって。

明日もし子供が下校してから余力があったら、多摩川まで歩こうという話だが、
ちょっと歩くには遠すぎるだろうか。地図で計ったら、歩いていける距離に
思えたのだが、私一人で自転車ならば行ったことがあるけれど。今は自信がない。

でもやってみたいと思う。










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