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2002年09月18日(水) 日朝国交正常化

昨日のスケジュール表に書き込んだ自分の書き込みを読み返してみると、かなり
落ち込んでいて、不調だったんだなと思う。
今日は風邪や頭痛の薬ももらってきた。なかなかてきぱきと仕事できないが、主人が不調に対応してくれていると思うので、気が楽だ。もしそんなことじゃ困ると責められても、からだがだるくて対応しきれない。抗欝剤って効果あるだろうか、運動も楽しんで心身ともに少しでも健康でありたい。
赤十字で献血したら2回も3回も成分献血依頼のメールがくる。血が濃いから献血した方がいいと言われたが、くれくれと催促されるとちょっと気後れしたりしていた。

日朝関係の国交が開かれたことは私はいいことだと思う。主人はやはり拉致されて
既に亡くなってしまったらしい被害者の家族は納得できないよねと憤っていて、その通りだと思うが、北朝鮮を敵対して追い詰めるよりも太陽政策のほうが妥当だと思う。お互いに必要以上に相手に怯えるような状況は不幸だ。それにしても13歳で拉致されてなんて、なんだかなあなんでそうなるかなあ、人間って、私のように精神科に入院した経験があるものでなくても、けっこう小心でばかげた事を考えるものなんだなと思う。小説の世界だけの話じゃなかったのか。しかし、北朝鮮の人から見たら、日本人は野蛮なことをした人々に違いない。それをお互いに謝罪の言葉が言えるのは、アジアの文化じゃないかと思う。

テレビの英会話の番組で、

You do not have to be so defensive.そんなにむきになることないじゃないか。

というフレーズがあった。これは、私自身についても言えるし、どこかの国の
政策についても言えると思う。

私はまたちょっと無防備に傷を逆なでされるようなことがあって、そのきっかけから、主人にまだ両親が健在なことや、家族や友人がなごやかにいて好調そうに見えて、いくら表面上優しくても、結局はみんないざとなったら主人の味方で、私の味方なんて一人もいない、みたいな気分になって、ちょっとdefensiveになっていたと思う。

ゆうべはいつも主人が飲んでいる酒をストレートで3杯くらい一気飲みして酔っ払った。最初は泣いていたが、そのうち酔いが気持ちよくなって饒舌になり、それから、寝床に横になってもぐるぐると天井がまわった。
小学校1年生か2年生の頃に40度の熱で入院した時も、そんなふうに天井がぐるぐると回ったことを思い出した。
それから、離婚する頃、今は亡き実家の父とスナックに飲みに行って酔っ払ったこと、それから、
パート先の上司が海外に転勤するときの送別会とか、あの時もゆうべみたいに
完全に酔っ払って、だってけっこう濃い水割り沢山飲んで、アンダルシアから来日したスペイン人さんたちと歌って踊って、今日人類が始めてー木星に着いたよ、ピテカントロプスになる日もちかづいたんだよ、とか歌って、タクシーおりてから、スーツのまま土の上で横になって眠ってしまった。目が覚めたら家の中で、いつも間にか蒲団の中で眠っていた。馬鹿やろう、ただの酔っ払いじゃねえか、と主人が言った。
で、ゆうべもやはりちょっと飲み過ぎて(でもものすごく久しぶりだ)、ふらふらとなって焦点があわなくなって、寝床で、トイレに行こうと、吐き気を覚える余裕もなく吐いた。主人に、大丈夫?風呂場で洗ってと言われて風呂場にいるうちに、
蒲団や枕などの汚れを洗ってくれていた。またありがとうとも言わずに眠った。
ガーシュイン大好きな人との破局(??)でもそんなに大酒は飲んだりはしていなかったので、今回の一気飲みはとても精神的にブレイクして助かった。
それにしてもどこまでも駄目母だ。おかあさん、まるでフラレタみたいに泣いて
悲しんでいたんだよ、などと息子がパパさんに言っていた。パパさんは、おかあちゃんも今日みたいにおとうちゃんと明るく酒飲めばいいんだよ、などと笑っていた。


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