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2002年10月10日(木) 旅

どうして私が元気になる必要があるのだろう。

もうみんな終わったことだ。

元気にならないといけないから?

どうして元気がなくちゃいけないの?元気が無くてもいいんだって。そういって
下さった方があった。

もう頑張らなくてもいいのよね。いついったってかまわないんだし。どうしていかないの?

やっぱり孫の顔を見たいから?もっとほかに楽しい希望を抱いたらどう?

そういえば、歩いて旅をしたいって子供の頃思ったんだし。これでもいいじゃない?

スーパーマーケットの中だけでも一生分の情報がある。

この食品はどこからやってきたの?って見るだけでも、そこには旅があるね。

自分が食べたいと思うと、自分のために作るんだよ。ラーメンとか。生命力あるね。

80歳の老人の世界という本が病院の売店に売っていた。永井明という50歳くらいの男性が、80歳の老女のハンディを持って街を歩いたり老人ホームなどに潜入したりする話だ。10代の男の子が割合優しかったという。

その本はそれなりに面白かった。でも本当に自分が80,90になって、どう感じるのかはわからない。老人がどう感じるのか、という一般論は言えないと思う。
同じ80歳の老人でも千差万別だと思う。同じ年齢でも老けている人と若々しい
人とあるからいつまでもきれいに若々しくありたいと願うことも時折あるが、なんだかそれもむなしい。

今日は子供の喘息の診察日だった。これを覚えていたのは◎だが。
先回小児科の先生に、10日の午後に来られますか?と聞かれて午後4時と約束したのに、昨日は何だか今日が祭日なので診察の日になったのではないかという考えに囚われた。先回の診察の日が都民の日で子供の学校が祭日だったのでこういう勘違いをするというのは我ながらちょっと怖い呆け方だ。まあ悪質さがないところが
救いと言えば救いだが、今はまだましな段階なのではないだろうか。

今日は診察のあとで支払いしてから薬局窓口で薬を受け取ったのだが、支払いした後薬局の方はすぐにはできないので、売店の方に行っていた。その後行ってみると
皆窓口は閉まってしまいつつある時間帯だったので、気持ちが混乱した。既に支払っていたことは会計には記録されていたので悪い事は何も無かったのだが、支払ったという記憶がないのだ。こういうことって幽霊よりもずっと恐ろしいマリアナ海溝だ。

痴呆症というのは物忘れの酷さとは違う、人格の崩壊を伴うものだとある。

人格の崩壊というのは例えば一体どんな事態が起こった時に特定されるものなのだろうか。

私はどうして精神科にまた自分で行く気になったのだろうか。一つには、偶然子供の入院で、久しぶりに訪れる事ができて、それから徒歩でも遠くないと感じたからだ。

今からどうして治りたいと思うのだろうか。治るとは思えない。でも治りたい。治らなくてはいけないと思う。何を治さなければいけないのだろうか。治してどうでありたいのだろうか。どうでありたいのだろうか。楽になりたい。楽になりたい。楽じゃないの?

子供が酸素吸入が必要なくらい酷い発作だったって知らなかった。父は僕は冷たい
人間なんだと言っていたが、私は別にそうは思わない、気の小さな人だっただけだ。そのように私も冷たい親かもしれないが、別に親でないわけでもない、ただ
気が小さい、器が小さいだけなんだろう。

大丈夫。怖がる事は無いよ。きっと昔からこんなことはよくあることだ。

長生きすればするほど悪化するような気がする。今のうちにいったほうがいいような気がする。でもいけない。

だって死んだら、吹く風を感じることもできないだろう。私は風が吹くのを感じるのが好きだもの。

自分の呆けを自覚して気にするのはたいしたボケじゃない。いつかパパさんが、ああ、おかあちゃんは、これは、呆けるなあ、と呟いた時、私は何を言っているの?
と思っていた。
病気の自覚が出てきたということはまだ希望があるんじゃないの?何の希望?
つまり自分が自分の思うような自分ではなくて、相手から見た自分だということ。

人が私をどう見ようと人の勝手よ、と私は思っている。だって人の心は縛れない
ものね。











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