�蠧�記
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| 2003年01月25日(土) |
戦争は嫌だ喧嘩もしたくない見たくない |
アメリカが大国らしくおおらかで穏やかにいてくれたら、安心して暮らせるのにな、などと思ったりする。疑ったり責めたりするのは大国らしくない。 でも私ももっとおおらかだったらうまくいくのじゃないかと思うが、不安で尖ってしまう。夫に誠実でありたいと思うと、夫はそんな私を受け止めきれない。私は 夫や自分の首を締めてしまうのだ。だったら、夫を心身ともに頼るのは妥当では ないのだろうか。それが我儘と言われるのならば、今までどおりほかに息抜きを求めるべきなのだろうか。でもそんなことも出来ない。不倫は自分を救ってはくれない。
不倫とかいうのは、昔からよくあることなのだろうか。例えば江戸時代の庶民は もっと性におおらかだったが、明治になってキリスト教が入ってきてからおかしく なったとかいう言い方もあった。しかし江戸時代にだってオランダ人との交易は あったはずだし、明治の開国というのはアメリカが黒船でどーーーんとやってきて 開国を迫ったということで、オランダ人は蘭学とか医学とかを教えてくれただろうけれど、アメリカよりももっと日本人と対等に穏やかに接してくれたのではないだろうか、などと想像したりする。
私は子供の頃両親の夫婦喧嘩も時折見たし、姑と舅の喧嘩にもハラハラしたが、 仲裁の仕方はあまり上手ではなかった。例えば内心は父の味方に立っていたはずが、母の味方のような行動に出てしまったりして、何だかなあという茶番なのだ。 犬も食わないようなことに不安になったりするのは馬鹿馬鹿しいが、私は本当に 気が小さい。
でも少なくとも子供の頃、私は両親の間に愛情がないとは思えなかったし、今でも そうだ。たとえ父が他所で母以外の女性と仲良くなったとしても、それで母に対する愛情がなくなったとは思わない。母は父が焼きもち焼きだと思っていたから、 女性として自信があるところもあったのだろう。
子供の頃は、不倫だとかそういう話は小説の中とか別の世界の話だと思っていた。父と母は赤い糸で結ばれていて出会って、信頼関係があって、そして兄弟や自分があると信じていた。父も母も揺れ動きながら生きていたのだろうが、私もくつろげる空間が欲しかった。自分の場所が欲しかった。だから急いで結婚したのかもしれない。でも本当に旦那さんを愛しているのかどうかわからなくなってきた。仕事中に旦那さんを煩わせるようなことは今までしないできたつもりだった。でもとてもとてもさびしかった。
よりよいものを求めているのに、求めれば求めるほどにかえってお互いが離れていくのが現状であるとしたら、とてもかなしい。
お互いが苦しい時に苦しみを分かち合えないのならば、共に生きている甲斐が無いと思う。
でも私は悪い方に向かっているわけではないと思う。未熟かもしれないが、少なくとも、自分の意志で、お互いによりよい道に戻って努力しようとしていることを、 私は自分自身として、旦那さんに評価して欲しいと思う。それを理解してもらえず辟易されるのならば、私は彼に依存せず、誰にも依存せずに、ひとりになるべきだと思う。
我慢して言いたい事を言えないくらいだったら別れたほうがいいと思う。
私はせっかちかも知れない。でもどうしたらいいのかわからない。家庭以外に 仕事を持って経済的に少し潤えばこんな風に旦那さんの扶養家族であることに 被害妄想に陥らずに済むのかな。
でも家族と信頼関係がなければ安心して働けないと思う。旦那さんが不倫していると思っているわけでもないのに、どうして私は落ち着いていられないのだろうか。
じわりじわりと首が絞まってくるのは本当に怖い。
何を怖がることがあるのか。
そうだ。1冊本を読んでから考えよう。きっと私はまだ青春の中なのかもしれないね。
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