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2003年02月02日(日) 水炊き

やはりまだ寒いなあ。外で凛々しく咲いている水仙を尊敬したり。

今晩は水炊きです。鶏肉、豆腐、人参、長ねぎ、椎茸、マロニ−とか入れるかな。
白菜と。大根おろしと、ゆずと、ポン酢と。ピリカラ唐辛子とか。

若いときは怖いもの知らずと心配されましたが、この頃怖いのは、やはり体力に
限界を感じてきたというか、旦那さんや子供に対する依存心が否めないような気が
してきたのです。年齢的に旦那さんも子供も私より若いです。親の庇護の元で
ぬくぬくしていた私は、どうも無自覚に人に依存しています。しかしこの依存状況を、依存症であるとみなすなら、私は無人島に行かねばいけないのでしょうか。

旦那さんが先に眠っただけでさびしくなって胸の中を風が吹いたりするのはちょっとなあと思います。もっとハードボイルドに生きたい(これを笑ったら殺すぞ)ものです。あれ?でも、ハードボイルド小説でも、胸の中を風が吹いたりしそうでは
ありませんか?

上記で申し上げている〔若い時〕、というのは、10代の頃ですが、ロック音楽
雑誌に海外文通の広告を出して、色々な国から手紙がきて、文通するようになった
のを見て、母が、怖いもの知らずなんだから、と心配したのでした。アメリカの刑務所に服役している人が、出所したら海底に宝捜しに行きたい、と書いているのを見て、私の母は心配したのです。それにしても、私がその人についていけなかったのは、刑務所に服役しているからというよりも、宝捜しの夢でした。私は海底に宝捜しに行くんだと人に言えるほど本気で夢見たことがなかったからです。もしかしたらこの人は、折角出所しても、海にもぐる前に、お腹がすいたり人に侮辱されて頭にきたりして、海底にたどり着けなかったのではないだろうか?そんなふうな気もするのですが、どうだっただろう。

私は去年か一昨年、子供の頃うちは夢も希望も無いうちだったと言ううちの旦那さんやうちの子と、水深1〜2メートルの海底を覗いたりしました。貝殻も拾ってきました。この貝殻が大切は思い出の宝とすれば、私は既に彼の夢を実現しているかもしれないのです。例え金塊ざくざくの宝船ではなくても。

スペースシャトル残念ですね。命って儚いものですね。夢を追うのは大変なことなんですね。クルーの写真見てみると素敵な笑顔。惜しいなあ。この犠牲を無駄にしないようにして欲しいと思います。

このところ私は、本当にアンドロメダ大星雲の中の星について、夢見たりしていました。隣の芝生は緑に見えるとか、遠くの星は美しく見えるとか。でも鍋をつついてぼそぼそとつたない言葉を交わしたことが、いつか大切な宝になる前に、自分が
先にいきたいとつい思うのです。でもそうであれば、相手もそうであれば、私が
後に残ってあげるのが愛情でしょうか?といっても思い通りにはいかない。本当に私は旦那さんよりも年なんです。何がいいのか本当にわからないから、天のかみさまのいうとおり、とお任せするしかないのかな。神は私たちを思い通りに炉にくべることもできるのか。神様って酷いと思うな、と言った人を思い出す。よかれと思って努めるほどに、何かはめられたような錯覚に陥ることがないだろうか。自分が
いつのまにかはまっていただけだったとしても。人は本当に自分の運命を切り開いていけるのだろうか。ただ翻弄されていくだけなのだろうか。

私の子供の頃、うちのクリスマスパーティは鶏の水炊きでした。

でもやっぱり毎日一生頑張るなんて無理だと思うなあ。

でも例えばクラシックバレエの森下洋子さんとかは、毎日練習を欠かさないんだろうな。ちょっと比較対象間違えてない?ぽよよんさん。でもね。


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