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| 2003年03月08日(土) |
人生の皮肉 心配性の子供について 古舘伊知郎さんのトーク |
古舘伊知郎さんのトーキングなんとかというのをテレビで見た。『言葉』がテーマ。子供も笑い転げるところが何度かあった。やっぱり笑えるものっていいな。 本人は熱帯地方でもないのに、舞台の上で、聴衆を前にして、汗びっしょりに なってしゃべっておられる。ある種やけくその様でもあるが、彼はどこまでも 真面目で真剣だ。それなのにうちの子供も私も時折げらげらと笑わずにはいられないし、私は子供が彼のしゃべりのどの部分で笑っているかを見て、安心したりしていた。それにしても、ブッシュ大統領、武力攻撃する、とおっしゃった後で、 あれは嘘よ、と言って笑ったりしてして欲しい、というところは、同感だった。 世の中狂ってるね、というのも同感。自分も狂っているんだろうけどね。 だって、そりゃあ9.11の貿易センターもロシアの潜水艦の事故もむごいと 思ったけど、じゃあ、米英の攻撃で亡くなったイラクの民間人が亡くなったのは 平気なのか。
例えば若い私は、まだ広い世界で夫一人しか男性を知らなかった頃、正直に言うけど俺は気持ち悪くてお前を抱けないと言われて悲しかったのだけれど、あれで私は身も心も汚された女の純情を否定されたと思っているのたけれど、最近、今の旦那さんが、宮沢りえさんの痩せ方は不健康だ、気持ち悪いくらいだ、と言った時、宮沢りえさんが気持ち悪いと言われるなら、私が言われたからって傷つく必要はないな、と思った。だって私は全然りえちゃんが気持ち悪いなんて感じないもの。きっと前夫はその時丁度体調が悪かっただけだったんだ。そうであればやっぱり私の方が思いやりが足りなかったのだろうけど、私はあれで精一杯だったもの。例えば うちの旦那さんが私に面と向かって太っているとか言わないように、りえさん本人には気持ち悪いですね、なんて言わないだろうけれど。
でも言われた時はただそのまま受け取っていただけだったんだな。魔が差した後の 気持ちで、どうしてもきれいになれない、お風呂に入っても汚れが落ちないんみたいに、神経質になったりするけど。本当に傷ついた時、人は傷ついたと言うことも、思うこともできない。ただなされるがままだ。今私が傷ついたと言えるのは、 やっと自分の味方になれるようになってきたんだろう。
でも、もともと、子供の頃に、クラスメートの男の子に、薄汚い、って言われて、私はどうしてそんなことを言われなくちゃいけないのか、わからなかった。 洗濯した服を着ていたし。どうしてだったんだろう?別に言われても言い返したり 出来なかったけれど。どうして怒らなかったの?うちのおかあさんはおばあちゃんの介護で大変なんだ、あなたにそんなことを言われる筋合いはない、って。あるいは、どうしてそんなことを言うの?ってどうして尋ねることができなかったのだろう?でも、聞き返さなくて良かったんだ。尋ねたって余計傷つけられるだけなんだから。そうだったろうか?
幼なじみの友達が、私は人間であるってことが重荷に感じられる、ぽよよんちゃんは、今度生まれてくるときは何に生まれたいか、と問われて、メダカにはメダカの苦労があるだろうから、人間でよかったと思うよ、なんて私は答えてしまったけれど、私だって、神様や仏様には、荷物持って頂戴、って頼みたくなるくらい、肩こりが酷いのよ。
明石やさんまのトーク番組、朝青龍がゲストだった。やはり大物ですね。
もうそろそろあれがくるころだ。でも先月は2月だったから、もう少し先か。
THE ANXIOUS CHILD All children experience anxiety. Anxiety in children is expected and normal at specific times in development. For example, from approximately age 8 months through the preschool years, healthy youngsters may show intense distress (anxiety) at times of separation from their parents or other persons with whom they are close. Young children may have short-lived fears, (such as fear of the dark, storms, animals, or strangers). If anxieties become severe and begin to interfere with the daily activities of childhood, such as separating from parents, attending school and making friends, parents should consider seeking the evaluation and advice of a child and adolescent psychiatrist.
One type of anxiety that may need treatment is called separation anxiety. This includes: o
constant thoughts and fears about safety of self and parents refusing to go to school frequent stomachaches and other physical complaints extreme worries about sleeping away from home overly clingy panic or tantrums at times of separation from parents trouble sleeping or nightmares
Another type of anxiety (phobia) is when a child is afraid of specific things such as dogs, insects, or needles and these fears cause significant distress.
Some anxious children are afraid to meet or talk to new people. Children with this difficulty may have few friends outside the family.
Other children with severe anxiety may have:
many worries about things before they happen constant worries or concern about school performance, friends, or sports repetitive thoughts or actions (obsessions) fears of embarrassment or making mistakes low self esteem
Anxious children are often overly tense or uptight. Some may seek a lot of reassurance, and their worries may interfere with activities. Because anxious children may also be quiet, compliant and eager to please, their difficulties may be missed. Parents should be alert to the signs of severe anxiety so they can intervene early to prevent complications. It is important not to discount a child's fears.
If you are concerned that your child has difficulty with anxiety you should consult a child and adolescent psychiatrist or other qualified mental health professional. Severe anxiety problems in children can be treated. Early treatment can prevent future difficulties, such as, loss of friendships, failure to reach social and academic potential, and feelings of low self-esteem. Treatments may include a combination of the following: individual psychotherapy, family therapy, medications, behavioral treatments, and consultation to the school.
どうでもいいけど、乾燥して、アカギレが痛痒い。鼻詰まりもうっとうしいな。
今日はこのあたり晴天です。
イラクの日本大使館員が退避するの?それじゃ日本がイラクへ武力行使を決めて しまうような事態じゃない?日本が戦争を放棄したというのは嘘だったの?武力行使を認めるの?
どんなに努力しても誠実でありたいと願っても、そう願うほどに、客観的には ただのエゴでしかありえない皮肉。ただの小心者。日本はやっぱりアメリカの犬 なの?真珠湾攻撃みたいなことをして自爆して、アメリカの傘の下で育って。
でも、天知る地知る我知る、と思うしかないかしら。
人間の盾になろうとイラクにいる人が、歓待されるのは自然だと思うし、でもそれをただご馳走になっていい気になっているだけじゃん、と見る人もある。日本政府にとっては困った人になってしまうとしたら。
それでも人間の盾になろうとしている日本人が、これから日本政府に従ってまた日本に帰るとしたら、イラクの人はなあんだと思うだろうな。まあ外国の人だから そんなもんかもね、信じた俺が馬鹿だったよ、なんて。
でもきっと盾になろうと行ってしまったら、もうそこで彼らと運命を共にして後悔はないんじゃないかな。今の所。どうなんだろう?内心ちょっと心細くなったとしても。
イエスの弟子は、ユダはイエスを売り、他の弟子は皆権力を恐れて知らぬ存ぜぬを 通した。人を裏切ったことのない人はあるのだろうか。もしユダが平気でイエスを裏切ったとしたら、そのあと自殺するかしら。ユダが血も涙もない人だったとは 思えない。
ん?私は何を考えているの?妄想だな。でもあみださんのお使いは申された。 妄念をとどめよと言うにもあらず、迷いのままでよいのだって。
話は変わるけれど、朝青龍っていいな、と思った。離れていても、中学の同級生のことを一途に想っていた人であれて。
そういえば、私の次兄と兄嫁も中学の同級生だけど、結婚前には兄も他の女の子に 惚れてすったもんだした時期があったな。それでも公には、中学の頃からのマドンナと一緒になったわけ。いや、朝青龍は私の兄とは別の次元で生きている人だと 思うけど。
占いって独身の女の子向けのものなのね、と思う。でも、占いに従って暮らして いるようでは何考えているの?馬鹿じゃない?と他人事なら思う。
でも、あっち向いて、ふうん、こっち向いて、あらま、ときょろきょろしながら 右往左往している私の姿。阿呆以外の何でしょう。
旦那さんに、女ってずるい、とか言われても、何がずるいのかわからない、男の人 だってずるいじゃない、と思うが、男の人にそんなことを言っても、何がずるいのかきょとんとするだろう、お互いに、あんたはいいね、と思いあっている皮肉。
やっぱり死ぬ時は一人。父が酸素が足りない時の金魚よりも凄まじい形相の時、 私は手を握っているほか何も出来なかった。でも、兄嫁は、兄嫁だって父のだるい 肩をさすってあげたのに、父は呆けて、私が父を訪れて按摩をしてくれたと言って いた、そのくらい想われていたのよ、と教えてくれた。私は夫の按摩をするのが 夢だったなんて一度も考えたことはなかったのに、何故か、旦那さんの按摩をするのが夢だったの、などと口走ったことがあった。どうしてそんなことを口にしたのだろうか。子供の頃、私は父に按摩を頼まれても、ただ力任せで心がこもっていなかったし、下手糞だった。でも、今では懐かしい思い出だ。こんな思い出があることを、羨ましい人もあるかもしれない。私は前夫に按摩を頼まれたことはないし、 してあげようかと言うような場面も作れなかった。でも、離婚話の頃、父が、まだ私の離婚前に、前夫に、肩が凝るようなことはないかと尋ねたことがあって、ありますよ、車の運転中に首をひねったり柔軟体操をしたりして、変に思われたりすることもありますけどな、と答えたとき、父に按摩をしたように、夫にもしてあげたかったのに、と思ったことがあった。その思いが、私に、今の旦那さんが独身の頃に、旦那さんの按摩をするのが夢だったの、などと口走らせたのではないかと思う。だから今疲れて旦那さんの按摩をする元気がないことがあっても、できた時には、私は自分の夢を実現しているのだ。お互いに再婚してしまった後では、娘が おかあさんはおとうさんにとって生涯の女性だと思う、などと耳に心地いいことを 聞かされても、そんなこと信じられない、と答えてしまう。でも、私の心の中は、たとえ前夫や今の夫にとって、私が何であっても、何者でも無くても、私の知らないところで何をしていても、ほれぼれするくらいいい男。だって誠実な人だもの。 だから、もう会えないのだろう。
人は結構人の言葉に囚われる。
小泉首相も、ブッシュ大統領の『本当の友達だ』という言葉に囚われているんじゃ ないかしら、などと想像したりする。男同士の友情って羨ましいですわ。そういうものが存在することはない?走れメロスの夢を追っているのかしら。
別れたくなくても別れなくちゃいけない時は別れさせられてしまう流れもある。別れなくちゃいけないと思っても別れられない時もあるし。別れたくないとすがっても無駄な時もある。反対されても思いとどまれない仲もある。
それにしても気の毒だなあ。希望という名前の人が、自殺しなければならなくなるなることも。
それにしても何だか馬鹿馬鹿しい感じがする。極秘で北朝鮮の監視衛星を上げる なんていうニュースを載せるなんて。
ゆうべだったか以前アメリカのあるカルト教団が集団自殺した話をディスカバリー チャンネルというのでやっていた。あれはあの人は危ないぞと言われれば、呼び鈴を押してこられても、忙しいということができる。急に熱いものに飛び込むのではなく、最初は全然熱心でもなんでもなく、危険だとは全然思えない、しかし、死ぬ事が精神を高められる、という教団の師の言葉を信じて、集団自殺してしまう恐ろしさというのは。
例えば今では伝統的な宗派と言われる浄土真宗でも、後生をたすけたまえとたのむ 一念のとき、往生は一定、御助け治定、という。死ななくちゃ治らないような私のような愚者。後の世には賢者にしてやる、という阿弥陀仏。しかもその誓は既に実現されているからこその阿弥陀仏。皆成仏しないうちは成仏しないという菩薩。親鸞は、師匠の法然を本当に慕って、師匠に騙されたとしても、さらに後悔しないと述べている。一生地獄で構わない、と。生きている間、いいことがあるなどということは期待しない。親鸞は本当に法然上人の教えに救われたから。聖であるべき僧のようでなくても、独身を守れず、セックスが必要でも、肉が好きでも、阿弥陀さんは構わないとおっしゃる。これはあり難いこれしかないと親鸞さんはあり難く思わずにはいられない。不殺生を守れなくなるかもしれない侍、社会の乱れ、聖の道をいかねばならない建前に反して、女に溺れてしまう坊さんたち。陰では沢山の女を囲い、それでも表向きは聖。こんな矛盾ならば、ありのままで嘘をつかなくていい教えの方が あり難いくらいだ。
でも、もともと牛や豚の肉を食べて何の罪の意識も持っていなかった子供には、 タイムトラベルのようなものだった。親のセックスをやらしいとも思わなかったし、悪い事をしたいなんて露ほども思わないのに、どうして突然姑にやらしいと言われたりきれいでもない男の子に薄汚いとか言われなくちゃいけないのかわけがわからないな。いまさら過去のことを言ったって馬鹿みたいじゃん、と旦那さんは言う。みたい、じゃなくて、そのものだと思う。でも、馬鹿な自分ほどかわいいって いうからな。
I want NO WAR.
デモ行進してはいないが、私もそうだ。でもデモ行進しても、アメリカは戦争せざるを得ない流れなのかもしれないとも思う。
世界を騙した男CATCH ME IF YOU CANって、詐欺師の話か。医者やパイロットの ふりして騙す?なんだかなあと思う。
自分の大事なものを大事にし過ぎると、大事なものを壊してしまうんですよ、と私に注意を促したのは、お寺で生まれた女の人のようだった。10年以上まえかな。どうしておられるのかな。
何か壊れたものがあるのかな。ものが壊れたことはあるけれど。いつ何が起こるか わからない。人生は一度きり。だから?
明日は運動会だ。
また壊してしまうのかな。
でもほかにどうすればいいのかわからない。助かりたいと祈る。スリランカのお坊さんの祈りを思い出す。みんなが幸せになりますように。でも、なるようにしか ならない。なるようになる。なんとかなる。と思いたい。
でも、また駄目かもしれないな。
最初からおかしかったものね。
閻魔さんが私をどう裁いてくれるのか会いにいきたいけれど、まだ会いに行く事を 許されていない。閻魔さんに聞きたい。これからどうすればいいの?
仕方ないな。人事は尽くしている。
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