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2003年07月01日(火) 禁煙1周年記念ならびに今年度禁甘の志〜ぽよよん人格の分裂

今日は割合涼しい天気でした。昨日汗かいたせいか、ゆうべは眠ったのに、今日も
一日昏々とすぐに何も考えずに眠ってしまって、学校から帰ってきた子供も夕方
気がついたら私の隣ですうすう眠っている。しかしやはり仕事をこなした後の
眠りは気持がいいです。こなしたなんていってないで、もっとまだまだやることは
あるんです。さくさくと朝飯前の習慣にしてしまってもっと遊びたい。

そうだ。禁煙1周年記念日。1年間の誓いだから、もう煙草吸っても、誓いを
破ったことにはならない。でも特に吸いたいとは感じない。

今年はこの上に、また何か志を立てたい。何にしようかな。

昨年の7月一日に自分が何を書いていたのか読み返した。やっぱりしばらくは
禁断症状はあったんだと思う。水を飲むとか言っていたんだ。でも、思うに、
今私は、水よりも、甘いものを喫している。ということは、今年の7月一日は、
甘いものを断つことにしようかな。

え〜!いやだいやだいやだ。それでは味気なさ過ぎる。

ふうん。そうなの?
だいぶ味覚に依存しているみたいね。もっと香りを楽しんでいいと思う。
オーデコロンでもひと吹きしてみましょうか。

で、思うんだけれど、別に一生甘いものを食べちゃいけないと言うわけではないのよ。煙草の時と同じ。来年の7月一日まで、1年間だけよ。それが過ぎたら、思う存分甘いもの食べて構わないのよ。

甘いものってどこまでを言うの?料理にはお砂糖入れるの?

まず、ジュースは飲まずに、自動販売機見つけても、ブラックコーヒーか緑茶か
そうけんび茶系を買うのね。

何だか思うんだけれど、今自分の中で、人格が二つに分かれて会話していたような。甘いもの大好きでその誘惑に弱そうなぽよよんちゃんと、もう一人は、そういう子を苛めることを密かなよろこびとしているような感じのおねえさま。

あら、人聞きが悪いこと言わないでよ。苛めるなんてとんでもない。あたくしは
ぽよよんのためを思えばこそよ。思いやりと表現して頂きたいものね。しかも、
永劫の苦しみを与えるなんてことでもなく、たった1年間だけの話よ。悪い話では
ないと思うんですけれど。

だっておねえさま(どこから出てきたんだこのおねえさま)、煙草だって、お団子だって、わたしくの不満を慰めてくれていたんですよ。怒りを抑えるのに煙草も
お団子も一役買っていてくれたんです。それがなくなったら、私はこの世の不条理に対する不満をどこで解消できるでしょう?怒りんぼのヒステリーが昂じるに違いないと思います。
その矛先を旦那様に向けて、稀代の鬼妻になれるかしら?いやあ、だんな様だって
馬鹿じゃないもん。ただの愚妻にされるだけなんだよね。

甘いもの断ち。うーむ。と腕組しながら(これは嘘。だってしてたらキーボードに
入力できないよね)、するめいかをかじっております。ウナギの骨のお菓子なんかも骨粗しょう症予防に良さそうだよね。

それにしてもこれは世にも幸せなちゃんちゃらおかしい悩み(でもこれをひきずっている女の子は少なくないと思う)なんだから、あまり引きずらずに、簡単イージーにクリアしたいもんです。それには、この実行を難しいものだとは見なさないこと。当然クリアして然るべきものだと思うわけ。人に甘く自分に厳しくって安定した社会では当たり前の鉄則ですわよね。難しいと思えば、実行できなくても自分を
許してしまう。だって難しいんだもんって。ほかにも甘いもの好きな人沢山ある。
一人だけ食べないでいたら裏切り者扱いされて孤独になるかもしれない。でも、
たった一年間のこと。まだ子供が小さい主婦は出家して山に籠るのも難しいので、
一年間自宅で実践するのです。20年の喫煙から断煙できたんだから、禁甘だって
不可能ではありません。

ところで、お習字も滞っています。

話は多少変わりますが、私、更級日記の作者(道綱の母だったとおもう。あれ?たかすえの娘でした?本当にうる覚えになっているんだわ)って、ださい主婦だなあと思っていたんです。時々ヒステリー起こして出家するなどとぷっつんしてスネコさんになってみたり、紫式部ほどの才能もないくせに教養のありそうな自分でありたかったり、たいして美しくもないし、それほど悪女でもない、という、割合、ありふれたごく普通の主婦。私は、もし、お子さんがあったなら、和泉式部のほうが爽やかで粋できれいでいいなあ、と憧れるのですが、源氏物語の紫の上にしても、
お腹を痛めないで美しい存在でいられる人というのは、私とは違う人種なんだな。子供を生んでこんな風に素敵な人ならば尊敬するわ、なんて、内心思ってしまう。でもこの頃、更級日記の作者っていかにもありふれた普通の女のくだらないわがままを秘めた人のようで、親しみを感じます。親になると、自分が理想としていたものからかけ離れて俗物と化してしまう幻滅を感じざるを得ないけれど、真剣に出家を考えたりしてしまう道綱の母ってださくてカワイイ、僭越ですが、失礼かもしれないけれど、同族のような仲間のような気がしてしまうのです。母親になると、
普段は化粧しないでいる分、たまのお出かけだと、化粧しないと見せられないと
突然愕然としたりする、といって、化粧しても、もはやとりつくろいようもない
自分を感じざるを得ない。でも、それでぐずぐずしているわけにもいかず過ぎていく時間。

年配の女性がとてもメルヘンな詩のHPを掲載されていました。今の私の精神状態
からは遠いけれど、捨てたくないもの。

年取ったから疲れているということではなく、やはり何か心の問題、気持の持ちようなんだなと思う。

大家さんは80歳過ぎておられるようだけれど、白髪でも溌剌と暮らしてらっしゃるように見える。どうしてかしら?特に美人顔というわけではないけれど、お化粧せずに髪も染めていなくても、お元気そう。よく出かけるところがあるようだし、
太ってもいないし、ちょっと変わっているけれど、ご愛嬌だわ(実は彼女がゴミ捨て場のごみをなんとかしていたりするのを、いや〜〜〜な感じという人もあったが、きっと彼女はごみ処理問題に純粋にボランティアだっただけなのだと思う)。全ての人に好かれようというのは無理なお話よね。しかし、私も嫁として、いつだったか、舅に捨てたはずのゴミ袋から、まだ使える勿体無い、とペンか何かを
拾ってこられた時は、ため息だった。お年寄りってお嫁さんに対して悪意で動いているわけではさらさらないのだ。私の中にだってもったいないお化けはいるよ。
でも、されると、ざらっと心のひだを逆なでされたような気がすることがあったっけね。

ふと思ったのだが、私の生活の中で、買うという行為はかなり大きな比重を占めて
いるみたいだ。消費者なんだな私は。生活している。

生活、暮らし、というのは現実だ。しかし生活感のなさには憧れたり見下したり。
でも人を見下せるほど私はちゃんと生活していないのに。

それにしても、とかって、ぽよよんさん煩い煩い。不言実行っていいですよね。

あ、そうだ。鈴虫のカップルを連れてきました。うちの旦那さんは虫が嫌い。
うるせえよ、むし、とか言っていました。光る源氏にはなれないぞそれじゃ。
なれなくてけっこうっていわれるよね。本当にそう言うと思う?本当にそう
答えるかどうか一度試してみる価値はあるかも。でも嫌味で嫌な役だな。
あたしを嫌な女にしたのはあんたじゃないの、と女だったら思うよね。思った事ないですか?夫のせいで自分は嫌な女になったという一人の女性の発言を確かに耳にしたことがあります。その方はいまだにその旦那様の妻です。その女性は確かに
その旦那様を頼りにしてこられたのだと思います。もし本当に女性が男性を頼りにしないで生きていけるようになったら、男性はどうなるでしょうか。


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